第2話 魔術という存在
君は誰?
俺は何?
私は貴方に守られている人
貴方は私を守る人
俺は君を守っているか?
貴方は十分に私を守っています。
なら、
なら良かった。
…………お、おお寝てた。俺は欠伸を噛み締めながら上半身を起こした。風が吹く。いつも見ている風景。いつも居る場所。それは俺の通っている学校の屋上。
どうやら昼休みに何時ものように屋上にきてそのまま寝てしまったようだ。スマートフォンの液晶画面を確認するとそこには17:00と表示されていた。どうやら午後の授業は全部サボったようだ。どうせ俺はこの学園に居る意味なんて一つだけだ。勉学なんて興味はない。
立ち上がって緩んでいたネクタイを締めなおす。きゅっと締め終わると無言のまま俺は屋上を後にした。この学園の制服は黒と白のデザインのブレザー。胸の部分に銀色で描かれた六芒星の中にかかれている『高』という文字。この学校の校章だ。そして何よりこの学校が教えているもの。運動は三の次、勉学は二の次、一番目に教えるもの。それは『魔術』。この世界に溢れる魔術。数年前に一人の少女が開発した。それを社会的に活かせるようにと作られたのがこの清流学園である。
ここでは勉強のほかに正しい魔術の使い方、魔術の発動の仕方、魔術に対する知識、魔術に対する全ての事を教えてもらう事が出来る。世界でも数校しかない魔術学校に入学するにはそれなりの知能と権力、地位と金が必要だ。
そんな学校で俺は日常を謳歌している。普通に生活する事で特に困った事も起きない。起きるはずがないのだ。それは誰も俺を相手にしないからである。学校ではランキングと呼ばれるシステム存在する。高等部と中等部に分かれ、高等部ではこのランキングの上下関係が激しい。
高等部には約千五百人近くの生徒が学園に通っている。中等部は千人弱。もちろんランキングが高ければ高いほど教員や他の生徒達からは特別な扱いとされる。三学年すべてで総合評価されるこのランキングは毎日が順位の入れ替わりが激しい。
ランキングを入れ替えるために必要な事。それは
話は戻るが先ほど俺が相手にされないといった理由はそれだ――最下位。俺は高等部最下位の生徒なのだ。来城月下――この名前を知っているものはこの学園内ではとても少ない。知っているのはクラスメイトと数少ない友人ぐらいだろう。最下位の順位なんて誰もほしくはない。だから俺はいつも安全に生活する事が出来る。
屋上から教室のある棟まで続く階段をおりて、二年生の教室の前をポケットに手を突っ込んで歩いて行った。一年――この学園に通って一年が経つが未だになれない学園生活。広すぎる土地と秀才が集まるこの学校と言う名のフィールドは息苦しく感じる。
「あ、ライライ」
「ん?」
後ろから不意に誰かに呼び止められた。こんな中国人のような名前で俺を呼ぶのはあいつしかいない。振り向いてその人物の顔を確認する。百五十センチに達しているかいないかの小柄な身長。体も幼児体型で顔も幼さが残っている。俺と同じ高校二年生、クラスメイトの
「ライライ、まだ帰っていなかったの?」
「ああ。国塚もまだだったのか? 下校時刻は過ぎてるぞ?」
「ライライみたいに用事もなく無駄に校舎の中を歩き回るような生徒じゃないよ。ノアは今からテニス部に顔を出すんだからっ!」
「はいはい、そりゃ元気がいいことで」
右手で頭を適当になでてやると「はにゃ」と訳のわからない声をを出して喜び始めた。170センチある俺はノアはどこからどう見ても小さすぎる。なんとなくだが守ってやりたくなるのは母性本能をくすぐっているからか? といっても俺は男だ。母性本能に目覚められたら俺が困る。自分で自分を殴りつけないといけないな。
「で、ライライはどうしてここにいるの? もうお昼の時に帰っちゃたと思ってた」
「いや、屋上で寝てただけだ。普通にサボリ。つうかカバンがあっただろ。俺の机の横にかけてたはずだけど?」
「あ、そういえばあったね。あちゃー、ノアまちがっちゃたね」
こいつのまったり性格には困ったものだ。だが、そこが人気と言うこともある。そして油断してはいけない。国塚乃愛は高等部ランキング五位。二年生のこの時期で五位の数字は天才的だ。
国塚はマスコットキャラ的な可愛さで男子からはいつも可愛いと言われている。俺も正直可愛いと思う。まぁそこまで意味深ではないけど。
「じゃ、ノアは行くね」
「あいよ、そんじゃ頑張れよ」
うん、と肯いたノアは駆け出していき何か思い出したように振り向いた。
「あ、それと校門の前でラウちゃんが待ってたよ。可愛い妹なんだから大事にしなきゃダメだよ!」
大声で言って駆け出して行った。「うん?」と口から漏れてしまった。何でラウが校門で待っているんだ? あいつは俺に何か用があったのか? と疑問を頭の中で思い浮かべて自分なりの答えを探してみる。何か忘れているようで何も思い出せない。あー、うん、何も思いだせな――
「ああ!」
思い出した。今日、家を出る直前に「今日は部活がないから一緒に帰ろう!」と笑顔で俺に向けて発したラウの言葉を思い出した。あちゃー、と右手で顔を覆い溜息を吐いた。約束を破る事が一番嫌いなラウはたぶん俺が来たときどのように調理するか考えながら校門の前で待っているだろう。逃げる手もあるが、行かないと拷問のレベルが上がってしまう。俺はカバンを取るために誰もいない教室を目指し、そのまま全速力でで校門を目指した。
⇔
カバンを右手に持ってせっせと走りながら校門を目指した。するとそこにはカバンを両手に持って校門を背もたれにして下を見つめている少女が居た。銀色の綺麗な腰まで伸びた髪と青色の大きな瞳が特徴的である。誰が見ても美女といえる少女。そんな少女が足音に気づいたのか俺のほうを向いて顔を明るくさせた。
「遅いです! 兄さん!」
「わりぃ。ちょっと昼寝してたら寝過ごした」
息を切らして少女の前に立った。顔を上げて少女の表情を確認する。清流学園中等部二年生。そして中等部ランキング一位を保つ少女。今年で十四歳。名前を霧雨羅羽と言う。俺の義妹である。俺と一緒に住んでいる少女だ。そして何より魔術の開発者。一番の魔術の理解者であり、一番魔術を使いこなせる天才。魔術の分野で彼女に適う者はいない。
「もう、こうなった兄さんの晩御飯は私が作ります」
「それだけはご勘弁ください……。って自分の料理がマズイってこと自覚してんだな!?」
「もう……なんども食べましたから」
「……一応味見はしてみたのね」
勉強、運動、魔術全てにおいて完璧だったラウの唯一の欠点は料理が出来ない事。彼女の作る料理は食べると軽くて一日中気絶するか、重くて一週間痙攣しながら病院送りだ。俺は生きているのが不思議なぐらいだ。一年の間に五十回ほどは病院のベッドの上で朝を迎えた。
「悪かったって。なんなら家に帰ってお前の言う事を一つだけ聞いてやる」
「本当ですか!?」
「ああ、俺が嘘をついたことがあったか?」
「中学校の入学式にきてくれるって言ったのに来てくれませんでした」
「よし、三つお願い事を聞いてやろう」
やった! と喜ぶラウを兄として嬉しい気持ちで見つめた。ラウは約二年前に俺が家に連れてきた――といっても本当の家ではない。両親が死んで親戚に面倒を見てもらい、恩返しをしようと頑張って勉強した。まぁその結果、有名な高校に入学する事が決定した。
冬、そんな喜びを胸に秘めて夜の街中を歩いていた。後、1ヶ月ほどで入学だ。頭の中は嬉しさでいっぱい。だが、偶然にも路地裏で見かけない男たちを見つけた。三人の怪しい黒ずくめの男達。後を付いていくとラウが命を狙われている場面に遭遇。どうにか助けようと遠回りしてラウの後ろから登場。そして呆気なく男たちを倒す。そして行くあてもないラウを俺の家――だが、親戚の
そんな家に義妹のラウと古東さん、その奥さん。娘さん。そして俺の六人で住んでいる。普通に楽しい生活だ。別に俺がラウのボディーガードをしなくてもいいような気がする。なんせ、中等部ランキング一位のラウだ。本当は俺よりも強いんじゃないのか?
「兄さん、そういえばランキング戦しないんですか?」
「またその話か? 俺はそんなものには興味がない。お前が清く正しく生きている事を確認できればいいんだから」
「ですが、兄さんは強いじゃないですか」
「そうか? 俺は『最下位』ってのがお似合いだと思ってるんだけど」
「そんな事はありません。兄さんはいつも私を助けてくれましたし」
右手を頬に当てて顔を赤く染めるラウ。いつのことを思い出しているのだろうか? 俺の予想だと一番初めにあった冬のあの日のことを思い出しているに違いがない。
でも
俺は自分が弱いと知っている。両親が死んだ時何も出来なかった。
そう、何も……
「兄さん、着きましたけどボーッとして大丈夫ですか?」
「ん? あ、ああ、そうだな」
何時の間にか見慣れた玄関の前に立っていた。どうやら考え事をしていたうちに家に着いたようだ。その間ラウはじっと話し掛けずに俺を待っていてくれたのだろう。心が優しいラウは義妹として誇りに思う。俺も何かしてやれれば良いんだけどな。
「ただいま」
二人で声をそろえて玄関のドア――というよりも門を開けて先に進む。広い敷地は門を通って十メートル先にある母家がここの家だ。他にも道場や蔵などもあるんだが、あまりその辺には出入りした事がない。
そのまま母家の本当の玄関まできてスライド式の昔ながらの玄関を通過する。
再び声を揃えて挨拶をすると、奥のほうから「お帰りなさい」と声が聞こえてきた。その声を聞いて何時ものように靴を並べて居間の方へ行く。襖をあけると古東さんの娘さんである
「おかえり、月下、ラウちゃん」
「ただいま、ってそれよりも宝香さん学校で聞きましたけど今日のランキング戦大丈夫でしたか?」
「あんなのちょろいちょろい。私をなめてるのかね? ランキング四位が十位ごときに負けるかって」
古東宝香――清流学園の三年生で高等部ランキング四位。そして生徒会執行部、書記。茶髪のポニーテールが特徴的。古東さんの一人娘で俺の姉のような存在。ラウと俺を本当の弟と妹のように接してくれる頼れる姉貴だ。
「そんでさぁ、今度
「ああ、はい。クラスの皆さんもそんなお話をしていました。私は出る事が決定しているようですけど」
「そりゃラウは俺と違って中等部一位だからな大事な戦力なんだから」
「今年も中等部と高等部に分かれてするみたいだし。ま、どの道勝つのは私たちのクラスだろうしね」
「いや、宝香さんのクラスランキング生徒会の人ばっかりじゃないですか」
「偶然よ、ぐーうーぜーんー。まぁいいんじゃない」
宝香さんの言っている
「月下はでないのか?」
「俺は知っての通り1452位の最下位ですよ? そんなのが戦えるわけないでしょうが」
「あ、そうだったね」
そう言って宝香さんは頭をぽりぽりかきながら答えた。全く、この人は……、俺をからかって何が面白いのかが分からない。まぁ逆に丁重に扱われてもこちらの対応が困るだけだから別に良いんだけど。そんな事を思っているとラウは何か不機嫌そうに俺の目を見ていた。
「兄さん」
「ん? なんだ?」
「隠し事はいけません」
「何のことかな? ラウさん?」
「兄さん、何故貴方はそこまで――」
「ああ! そういえば伯父さんに用事があったんだ! そう言うことだから俺はこれで!」
そう言って俺は急いで立ち上がって部屋を出る。その寸前にラウが俺の名前を呼んだが「また後でな!」と言ってその場をやり過ごした。あの事はあまり公にはしたくないって言ったのに、なんでさらっと教えようとしてるんだよ。伯父さんのところに行くのは嘘だった。しかし、何故か足は本当に古東伯父さんのほうへ向っていた。
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