霧雨ラウの魔術公式

猫之宮折紙

第1話 二人の出会い

 ある時、世界はある発見をした。それは偶然に偶然を重ねて出来た奇跡。


『魔術』


 その魔術を発見し、そしてこの世に具現化に成功した少女が居た。世界はその少女のことを注目の的、メディアの大々的な主役に引き上げたのだ。もちろんそれは当たり前である。日本人がノーベル賞をとった時よりも、オリンピック選手が金メダルを取ったときよりも、世界が戦争を始めても、この少女の話題だけは消えることはなかった。それは少女自体にも秘密があった。人気を無くさずに保ちつづける秘訣。それは『若さ』であった。たった十一歳の少女が世界中の有名な教授を呼び、千年以上かけてやっとの思いで実現できる奇跡をわずか一年と言う年月で成功させてしまった。


 世界は少女を『本当の天才』と言った。だが、その魔術は誰でも使えるというわけではなかった。ある条件をすべて満たし、少女が開発した装置を体のどこかにつけていないと発動できないのである。それでもすごかった。ライターはオイルと着火する為に火花を手動で作る。この二つがあってライターで火がつく。他にも摩擦力で熱を発生させ、発火させる。それにも道具が必要だった。


 『魔術』は違った。魔術はその条件と装置さえあれば火をどこからでも出せる。火だけではない、電気も氷も風も水も闇も光さえも作り出せれる。まさに奇跡。そして非現実的な現象。それが魔術。それが少女――霧雨羅羽きりさめらうの手によって可能にさせた。


 霧雨羅羽はこの世の全てを手の居いれる事も容易くなった。魔術の開発者と言うだけで全ての人間が自分に従い、自分のために存在すると思っていた。だが少女はその幼さ故に過ちを犯してしまった。幼さ故に、大人の言葉にながされて犯してしまった罪だった。羅羽が初めて感じた初めての罪。


 魔術の売買。


 魔術の条件を満たさなくても発動できる魔術。初期のものに比べれば力は十分の一にも威力が落ちた。条件を満たす事によって魔術は絶大な力を発動する事が出来る。それが『完全な魔術マジック・エンタイアティ』と呼ばれるシステム。そしてその後に作った条件無しの魔術は『不完全な魔術マジック・ディフェシャンシ』と呼ばれるものである。売買された不完全な魔術マジック・ディフェシャンシは世界の戦争の為に使われた。


 少女は絶望した。自らの行おこないに絶望した。そして世界は少女は用済みだと、今度は少女自体を魔術で消そうとした。自ら作った魔術によって幾つかの国から少女の命は狙われた。最初に両親を殺された。次に自分の居場所を無くされた。少女は三度絶望した。


 少女は逃げた。


 どこまでもどこまでも。


 その足が止まるまで。


 誰かに止められるまで。


「はぁはぁ……」


 羅羽はまだ十二歳だった。最初の魔術を発表してからまだ一年ほどしか経っていない。太陽が沈んだ暗い町の路地裏を全速力で走っていた。走る目的はただ一つ。生き延びる為である。生きたい。少女はそう願ったのだ。自分の作った魔術で大勢の人々が死んでいった。そのせいで両親も死んだ。十二歳には重すぎる現実。少女には重すぎた才能だった。


「はぁはぁ……ここまで来れば…はぁ……大丈夫…かな?」


 足は血だらけの裸足。逃げる途中で靴がだめになってしまった。痛かったが死ぬよりかはマシだろうと我慢した。羅羽はゆっくりと路地裏の壁を背もたれにしてずるずると座った。膝を抱えて顔をうずくめる。そして涙を流した。


「ママ……パパ……」


 自分をかばって死んでいった両親。目の前で母親は氷漬けにされ、父親は火の玉で丸焦げとなって死んでいった。地獄絵図。思い出しただけで胸が痛い、自分の罪を呪いたかった。羅羽は虚ろな表情で顔を上に向けた。


「……雪」


 空からは白い雪が降ってきた。羅羽はその雪を見詰めた。羅羽の腰まで伸びた銀髪と一体化するように雪は少しずつ羅羽の頭に積もっていく。冷えないようにと体を丸くして振るえた。荒い呼吸で白いもやが口から漏れる。


 すると羅羽は何かに気づいたように勢い良く立ち上がった。そして路地の奥のほうを向いた。足音が聞こえる。耳を傾ければ足音が一つ、二つ、三つ。どうやら三人ほどこちらに向っているらしい。自分を狙う暗殺者なのか。はたまたこの辺をうろついているホームレスなのか。この暗闇ではまだ確認できない。焦る羅羽をよそに足音はどんどん近づいてくる。


(……もう、殺されていいか…な?)


 頭にそんな文章が思い浮かんだ。少女はもう疲れていた。生きるという呪縛に疲れていた。ここでいっそのこと死んでしまったら楽になるのではないのだろうか? 楽になってしまえばここで呪縛から解き放たれて両親に会えるのではないかと思った。


「こんばんは、お嬢ちゃん」


 三人の男が羅羽の目の前に現れた。顔を全て黒い布で多い、片手にはナイフ。これが先ほどまで逃げていた暗殺者である。三人の男は羅羽を見つけると布で隠れてても分かる笑顔が男達の表情があった。羅羽はぞっとした。死を目の前にするとやはり恐怖が少女に襲い掛かった。どんなに天才でも精神面はまだ小学生。死と言うものに恐怖する。


「おっと、逃げるんじゃねーぞ? 俺たちだって大変なんだからよぉ」

「あ、ああ……」


 羅羽は一歩からだが後ろに引いてしまった。だが、次の一歩が踏み出せない。目の前にある五つの目が自分を捉えているかのようで体が動かない。ナイフという名の凶器で今から自分がどのように殺されるか考えただけで血の気が引いた。


 じりじりと歩み寄ってくる三人。羅羽は震えながらもどうにか逃げようと考えていた。そう、走って逃げればいいのだ。今までそうやって生き延びてきた。だから今回もそうやって逃げれば良いじゃないか。なのに体が動かない。それが羅羽は震えで体の制御を失い、どうしようもなくなっていた。今自分が待つのは己の死だけ。だけど生きたい。生き延びたい。そう願った。


 心から生きたいと叫んだ。


「まてよ」


 不意に背中のほうから声が聞こえた。それもほとんどゼロ距離で。羅羽ははっとして後ろを振り向いた。最初に目に入ったのは体だった。黒色のTシャツ――ダメージの入ったジーパン。恐る恐る顔を上に向けるとそこには優しそうな黒髪の少年が立っていた。


「なんだぁ? ガキ?」

「ガキ言うな。今年から高校生。義務教育からやっと時はなられたばかりの少年だが何か文句でもあるかこの野郎」


 心外とでも言うように少年は男達に言い放った。すると男達は挑発に乗ったように顔をしかめた。どうやら少年に馬鹿にされたのがよっぽど頭にきたらしい。青筋が額に浮かんでいる。一方の少年は先ほどから笑みを崩さず男達を見ていた。その顔を羅羽はじっと見ていた。不思議と突然現れた少年には恐怖はなかった。それよりも安心感が溢れている。


(優しい……顔)


 羅羽は正直な感想を心で述べた。


「このクソガキ! 俺達を馬鹿にしてそんなに死にたいか!? なら殺してやるよ!」


 三人の男達は一斉に羅羽と少年に突っ込んで行った。三方向に分かれて右上と左上からナイフを振り下ろすようにする男。そして先ほどからしゃべっていた男が真正面から少年と羅羽を狙っていた。


「さがってろ」

「は、はい!」


 羅羽を後ろに下がらせ少年は右手を横に出す。


「銀の槍よ――希望を串刺しにする悪となれ」


 少年の一言で右腕に霧がかかり、そして集まる。みるみる霧は形を象っていった。そして少年は霧の塊――武器となった塊を握った。


(槍……?)


 羅羽は少年の背中に隠れながら少年の持っている武器を見た。銀色の槍だった。だが、武器を持ったところでプロの暗殺者に勝てる見込みは少ない。だが、少女は信じていた。少年を何故か信じる苦とが出来た。それは何故か? それは少年の先ほどの笑顔が羅羽の求めていたものだったから。


 勝負は一瞬だった。上空にいる二人の男は槍の長さを利用して少年に行き届く前に華麗に横から吹っ飛ばされた。そのまま流れるように少年は男のナイフを弾き飛ばしてそのまま顔面に足を食い込ませた。もちろん三人とも気絶して路上で伸びている。


「さて、と」


 少年は槍を一振りさせると元の霧のようにふっと消えてしまった。羅羽はゆっくりと少年に歩み寄る。羅羽は振り返る少年の顔を頬を染めながら見ていた。そして何か心に感じる熱いものに疑問を抱いていた。


「おまえ、足怪我してるぞ?」

「え、はっえ?」

「たく、んでお前誰だ?」


 少年はぽりぽりと頭をかいて少女の名前を聞いた。名前を聞かれて戸惑った。それは魔術を開発した人物だからである。この名前のせいで自分は苦しんできて人々に嫌われてきたから。今回もこの少年に名前を告げて、そして嫌われる。そんな結果を予想していた。


「……」

「なんだ? 名前ぐらいえるだろうよ?」

「えっと……」

「ん? 何だ?」

「その、き、霧雨羅羽ですっ!」


 羅羽は決心して名前を叫んだ。ああ、これでまた私は一人かな、と考えて悲しくなってしまった。だが、少年は「ふーん」と呟いて腕組をした。


「霧雨……羅羽ね。魔術の開発者だったな。たしか小学生ぐらいだったし」

「そ、その迷惑なら私はこれで……!」

「ちょっと待て」


 少年に迷惑にならないようにと走ろうとした瞬間に少年に腕をつかまれた。羅羽は「えっ?」と呟いて少年の顔を見た。


「お前なんで逃げるんだよ? 怪我してるだろ?」

「え、でも……」

「でもじゃない。そんな理由はどうでも良い。行方不明とか世間では言われてるけど、実際は殺されそうだから逃亡中ってところか? なら、なおさらお前は俺と一緒にいなきゃな」


 言葉の意味が理解できない。一緒にいる? 何で一緒にいなきゃダメなの? と口に出してその場で少年に問う。すると少年はきょとんとした表情になった。


「なんでって、お前まだ小学生だろ? 死ぬのは早すぎる。それに魔術を作ったならちょっとばかし聞いてほしいこともある」

「話? え、なにそれ?」

「いいから、とりあえず俺の家に来て治療させろ。話はその後だ。どうでもいいけど」


 そう言って少女を抱き上げ、お姫様抱っこにする。


「ななななななにを!?」

「だって怪我してるし、歩くのはさすがにいけないと思ったから」


 確かに正論だった。なので何も言い返せない羅羽。歩くたびにリズム良く体が揺れる。じっと少年の顔を見つづけてまだ名前を教えてもらっていない事に気づいた。


「えっと、お兄ちゃん。名前はなんていうの?」

「ん? 俺か? そういえばお前に名乗らせておいて俺が自分の名前言っていなかったな」


 そう言って優しく少年は微笑みながら羅羽にそう言った。羅羽は恥ずかしくなってしまい少々目が泳ぐ。そんな事を気にせずに少年は名乗った。


「俺は来城月下らいじょうげっか。一応お前が開発した魔術よりも先に古代の魔術を身体に無理やり捻りこませた魔術師だ。まあ――それこそどうでもいい」

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