閑話休題~冥葬~
夜は昼に対する影である。
闇に光があるように、光にもまた闇はある。
陰に陽があるように、陽にもまた陰はある。
夜に月があるように、昼にもまた冥はある。
……という書き出しで終話を書こうと思った矢先、何を書こうとしていたかを忘れた。
闇に仇為す光。陰に仇為す陽。夜に仇為す月。
夜というものが暗いと感じるのは、そこに明るい月があるからだ。
昼に在る太陽が明るいと感じるのは、月が制する夜が暗いからだ。
眠りの最中、死という幻想を垣間見るのは、死に逝く其の様が眠っているように見えるからだ。
実際、死に逝くという行為自体は、眠りの淵に沈み往く行為と、そう大した違いはない。
ただ、次に目覚める場所が、同じ場所であるか、違う場所であるかだけだ。
同じ場所で目覚めれば違う場所に逝くことはなく、違う場所で目覚めれば二度と同じ場所には戻れない。
死と眠りの相違を、人は遥か以前から識っていた。
それは神話に語る“終りを司る神”が、“死”と“眠り”という二つの技法を用いる者たちであることからも窺える。
還れざる“死”を邪悪なるものと捉え、束の間の“眠り”を神聖なるものと捉えたのが、実はそもそもの間違いである。
確かに、この“死”と“眠り”というふたつの行為は似ている。
意思を失い、感覚を奪われ、意識を刈り取られるという点において、このふたつは全く同義なのだ。
違いといえば、先にも言ったように、戻れるか否か、それだけである。
“眠るように死んで逝く”という言葉がある。“死に逝くように眠る”という言葉がある。
似た行為でありながら、それが意味するところは全く違う。
呼吸のあるかなきかが問題なのではない。
そこに存在しているか否かが問題なのだ。呼吸という行為は、そこに存在しているが故に付随するただの反射である。
対義で考えてみても、結果は同じである。
“死”の対義“生”と、“眠る”の対義“起きる”。
これらの共通項は、意識が在り、感覚を持ち、意思を持って“行動している”という点だ。
“生きる”上で、人は“起きて”いなければならない。意思がなければ気概が伴わないし、感覚がなければ実感が伴わないし、意識がなければ行動が伴わない。
意思を持たぬ人間を“まるで死んだような”と表現するのは、“生きる”意思が
感覚を失った人間は、いつしか意識の有無という感覚をも失い、やがて生きているのか否かという感覚をも失っていく。
そこに意識が
“生”が動を表すならば、“死”は静を表すものだ。
生を持つものは、必ずひとつは音を持っている。自らの心臓が鼓動する音だ。
音が在る以上、それは静ではなく騒であり奏である。
冥府が騒がしいのは、そこにいるものたちが“死者として生きている”からである。
そもそも、“死者”という定義は実は間違っている。
冥府に集うものたちは、現世において肉体を失い、“現世で生きる”上で必要な意識や感覚、意思というものを失ったものたちである。
ここでいう“死者”とは、“現世では生きられなくなった者たち”を指す。
噛み砕いていうと、肉体という感覚や意思を得るための“器”を失い、命の根源たる“御魂”の状態になったものたちである。
現世に生きる“生者”からすれば、肉体を持たない彼らは“死者”と呼んでも差し支えない存在だが、彼らにしてみれば、現世において何も得られず感じなくなっただけで、その存在が消えてしまったわけではないのである。
冥府における“死者”の定義はふたつある。
ひとつは、現世において穢れを得た
ひとつは、その御魂に対し“終りを司る神々”から“終り”を与えられ、天上或いは地獄へと昇華・葬送される者たちである。
その判断基準は杳として知れず、ひとつには現世にて善行を重ねたものは天上へと導かれ、悪行を重ねたものは地獄へ堕とされるといった、“現世での行い”を基準としたものと謂われているが、それが正しいかどうかは定かではない。
現に、世に名を知らしめた大海賊は天上へと召され、それを討伐しようとした門閥貴族は地獄へと参られたなどという記述も在るという。
冥府という場所は、確かに現世から見れば“死に逝くものたちが最後に辿り着く場所”ではあるが、その実態は、死に来た御魂を六道輪廻を介し再び現世へ転生させるのか、或いは天上・地獄へと昇華・葬送するのかを判断する、世界を構成するひとつの“機能・機関”なのである。
言わば天地数多たる燦然世界へと続く分かれ道の始まりであり、前世と来世を繋ぐ螺旋の一環であり、肉体を持たぬ者たちを制し御する場なのである。
天に属さず、地に属さず、聖にも魔にも属さない。
暗に影に陰に蔭に闇に昏に冥に属するものなのである。
死神の見る夢 黎夜 @dagger_parallel
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