会話というより乱闘

 11月1日、正午過ぎ。俺は待っていた。

敵軍およそ二〇〇余り。対するこちらも二〇〇余り。互いに同機種の魔導兵を従え条件は平等、この勝負に異議は唱えられない。

右手には幅約500メートルの川、左手には少し盛り上がった細長い丘が走る。その間に位置する低地。その縦長の戦場で両軍は隊列を整え、100メートルほど間を空けて向かい合っている。


そして五分以上の硬直状態が続いた後、ついに命令が下る。両軍ほぼ同時だった。

「突撃!」

「突撃!」


我が方の陣形は鋒矢。縦横に五体ずつ二十五体を一単位とし、その八単位を矢印形に配置する。そして、指揮官は最後尾だ。この低地のように左右に逃げ場のない場所では突破力が最も重視される。その点、鋒矢の陣形は指揮官が最後尾から圧をかけることで、強力な突撃を実現する。言ってしまえば今回の戦闘は両軍がこの陣形を取った後は各兵の動きだけで決まる。おそらく、敵の指揮官も同じ予測をしているだろう。ならば単純に突破力の強い方の勝利だ。つまり我が方の勝利は決定的だ。それは何故か。

この俺が最後尾にいるからだ。



号令がかかるとおよそ四〇〇の魔導兵が一斉に動き出す。ここから見ると、やはり敵方も鋒矢の陣形を取っているようだ。読み通りだ。俺は最後尾で馬を駆けながら、そう一人笑みを浮かべた。

しかし甘いな。俺の力を侮ったことが敗因か…。これで勝利条件は整った。もはや、勝利は確実だ。


そう確信した時だった。


ん?なんだ?アレは。やっと俺は気づく。

両軍の先端間の距離が50メートルを切ろうとした時、敵方の先頭がはっきりと見えた。先頭で馬に乗った指揮官がこちらに向かって叫ぶ。

「甘い!勝ちはもらったあああああ!」

どうやら甘かったのは俺の読みの方だったようだ。敵方指揮官の怒声に押されるように一瞬で両軍の距離が一気に縮まったような気がする。俺は大きく息を吐き、冷静に分析する。


おそらく、これは早期決着を狙った戦術だろう。先頭を率いて戦闘の初期段階から圧をかけ、一気に押し切る。悪くない手だ。だが、致命傷とまではいかない。両軍とも兵の能力は等しいからだ。俺が突入するまでに敵が押し切る可能性は低い。所詮は敗北を先延ばしにしたに過ぎないという事だ。


そのまま残り10メートル程の所まで両軍が接近した、その時だった。


突然敵軍の陣形が変わった。指揮官が率いる小隊が止まり、両翼が指揮官隊を取り囲むような形になる。俺は咄嗟に全軍に対し停止を指示する。だが何分にも俺が最後尾にいるため、後方三単位にしか指示が間に合わない。前方の五単位はそのまま敵の指揮官隊へと突撃した。

ああ、ダメだ。

敵の指揮官隊がいる地点までその五単位が突入した時には、彼らは完全に包囲されていた。鶴翼の形をとった敵軍の中央に突っ込んだのだ。両翼の軍勢がその機を逃すはずがなかった。


明らかに不利だ。生後2ヶ月でも余裕で分かる。俺は生後2ヶ月ではないが。いや、実際分からないとは思うが、言ってみただけだ。それすらもどうでもいいか…

こんなくだらんことを考えてしまうくらい味方が窮地に立たされているのだ。もうすぐ全滅するだろう。実際どんどんと数は減っている。しかし今、戦闘の様子を見ると小隊長らの瞬時の判断で方円陣を組み、何とか持ちこたえている。おそらく、あと数分は持つはずだ。この間に何か手を打てれば…


俺が思案していると、敵の包囲陣の外側の二、三個小隊がこちらの指揮官隊に向かって来た。考える時間も与えないつもりのようだ。だがしかし、これがこちらの反撃の起点となった。


俺は思いついたらすぐやる派の人間である。それは戦場でも同じだ。反撃の糸口が見えた時点で俺は即座に指示を出す。

「第一小隊は前方の三個小隊と対敵後、そのまま引きつけ主戦場から引き剥がせ!第六、第五小隊は俺に続け!敵包囲網の東側を突破し、自軍と合流後、一気に反撃に出る!行け!」

俺の指示を聞くなり、それぞれの小隊は行動を開始する。俺は二個小隊を率いて敵軍東側へ回り込むべく、馬を走らせた。


俺が敵包囲陣の東側を強行突破しようとした時、陣内部に何とか残っていたのは三単位ほどだった。一気に敵軍の東側に回り込んだ。そして言う。

「全軍、敵包囲陣の東側に攻撃を集中!血路を開け!」

両軍が激突した。甲冑同士がぶつかり合い、音をたてる。四方で金属と金属が打ち合わされる。その様子を耳で感じながら、俺の目は既に敵軍に移っていた。

頭部を狙い振り下ろす。剣を抜きざまにその奥の魔導兵を刺す。左から切りかかって来た魔導兵の胴を薙ぎ払う。そしてその横の魔導兵をまた刺す。

俺はさながら猛獣の如く暴れまわった。気がつくと数十体を屠りながら敵軍指揮官隊の近くまで入り込んでいる。後ろを見ると10体は何とか俺について来ていた。よし、このまま決着をつける。俺は決めた。

「俺はこのまま指揮官を狙う!後に続け!」

一気呵成になだれ込む。俺の勢いに怖気付いたか、指揮官隊の兵は道を開けた。指揮官同士の一騎討ちか。俺は覚悟とアドレナリンを生み出しながらその道を直進した。


だが、その先に指揮官はいなかった。

またか、何処だ?俺が戸惑っていると右後ろから殴られた。思わず落馬する。だがそこは猛獣、直ぐに戦闘態勢をとる。


「フフッ、悔しい?私の勝ちね。」

およそ戦場には似合わぬ可憐な微笑を湛えた女が馬の上から見下していた。

「チッ、五分だろ。戦闘不能になった魔導兵の数なら負けてねえはずだ。」

俺はつい強がる。

「負け惜しみ?無様ね。もしかしてまだ負けを認めないつもりなの?」

女が調子に乗りやがって俺を煽る。こいつこんなに腹立たしかったか?とにかく先ずは戦闘を終えなければならない。俺は戦場に響き渡る大きさで宣言する。

「演習は終了した!直ちに戦闘を中止せよ!我が軍は敗北した。繰り返す、直ちに戦闘を中止せよ!」

戦場の魔導兵が俺の声を聞いて停止する。そして何事も無かったかのように、先程まで戦っていた相手を置いて、各軍の初期待機地点に戻って行く。魔導兵同士の演習だからこその光景だ。女、ユリアはそれを見るのが初めてのようで、興味津々といった様子で兵らを観察している。そして先程のふんぞりかえっていた態度を改め、俺に質問する。

「ねえ、魔導兵に闘志は無いの?」

「ああ、ないな。そういった機能は搭載されていないはずだ。」

「じゃあ、士気を考えなくていいのね。楽じゃない。」

「確かに楽だが、人間の兵士のように士気を上げることによって強さを引き出すことはできない。その分手数は減る。」

「ふうん、そうねえ。」

俺たちはたわいのない話をしながら本部陣営に向かって歩く。その途中、タルトゥスと合流した。

「でも、だからこそ強い。彼らはどんな命令でも正確に着実に実行する。ここにおいて指揮官に求められるのは純粋な戦術家としての役割だけになるんだよ。」

話を聞いていたようで、ユリアと俺の話にタルトゥスが加わる。こいつなら俺の味方をするはずだ。期待を持って俺は聞いてみる。

「よお、どうだ?タルトゥス、お前はどちらの勝ちだと思う?」

「間違いなくユリアだね。」

期待は粉々に砕かれた。稀代の戦略家かつ戦術家であるこいつに言われてしまったら反論のしようがない。

「そうか…」

落ち込む俺を哀れに思ったのか、ユリアがフォローする。

「でも、あなたかなり強かったわよ。あの即座の反撃は並大抵の指揮官にできるものではないわ。」

タルトゥスも協調する。

「そうだね、何も落ち込むことはない。君は良くやったと思うよ。僕には到底及ばないけど。」

一言余計だ。だが事実であるから反論もできない。本当にタチが悪い。


そんなことを話しながら陣営に戻ると、先輩が待っていた。布製の簡易な陣幕の中にこれまた簡易な木製のテーブルと椅子、そしてそのテーブルの上には人数分の緑茶の用意がしてあった。

「お疲れ様!お茶でも飲みなさいよお!ねねねねえ!」

どういうテンションなのかはわからないが、俺たちを休ませてくれようとしているのは分かる。

「ありがとうございます。だいぶメイドらしくなってきましたね。」

「フフン?私は天才にして…」

先輩の台詞は無残にスルーされる。

「ありがとう、頂くわね。」

「うーん、疲れた時には温かい物に限るねえ。美味!」

冷たいなあ。しかし、お茶は温かく美味しかった。



その後、先輩とユリアは先にシントーキョーに戻った。なんでも女同士で行きたいところがあるらしい。詳しく聞こうとしたらタルトゥスに止められたので、あまり深く掘り下げないことにした。そんなこんなで小一時間ほど今回の演習の結果についての反省と今後の魔導兵単位の運用改善について俺とタルトゥスが話し合った頃、突然タルトゥスが話を変えた。

「ところで君はもう気づいているかい?」

「は?何を?俺が負けた原因の話ならさっき…」

「違うね。ユリアのことさ。」

ユリアだと?彼女は特に怪しいところもなかったが。

「わからん。何だ?」

「やっぱり君は戦術家だねえ、戦略家じゃない。ではこう言ったらわかるかな。”陽炎の戦姫”はだーれだ?」

「まさか!嘘だ!」

「しかし、反論もできない。違うかな?」

「…」


”陽炎の戦姫”はたった10日でグンマ帝国の大軍を撤退させた、サイタマ最強の騎士団とも呼ばれる政府騎士団を二時間の戦闘で降伏させたなど、数々の逸話を持つ、カントウの軍事関係者ならば誰でも知っている戦術の使い手のことだ。確かに、あの強さは並のものではなかったし、ここ数日間の彼女の様子を考えるとおかしくはない話ではある。しかし、もう一つ腑に落ちない点がある。動機だ。なぜ戦姫自身が単身で乗り込まなければならなかったのか。それが分からないのである。

俺は尋ねる。

「なあ、彼女が戦姫だとして、なぜ単身シントーキョーに来なきゃならないんだ?」

「それはねえ、じきに分かるよ。」

「知ってるならもったいぶらず教えてくれ!」

なぜか答えるのを避けるタルトゥスに詰め寄る。俺はもう首根っこを掴まんとするような勢いだった。タルトゥスは苦笑いをしながらようやく答える。

「実はねえ、僕にも分かんないんだよね。」

「本当か?」

「本当、ほんとだよ。頼むから殺さないで!君、凄い顔だよ?」

タルトゥスに言われ、暴力的になってしまったことを反省する。俺は直ぐにタルトゥスを掴んでいた手を離し、平静になった。

「ごめん。やり過ぎた。」

「いやいや、別に構わないよ。それより、君が感情を荒立てるとは珍しいね。どうしたのかなあ?」

タルトゥスはニヤニヤと笑いながら俺を煽る。こいつは…いや、やめとこう。俺は自制し、タルトゥスに言う。

「…帰るか。」

「そうだね。あともう一つ、サイタマ自治政府が軍団を招集しているらしいよ。」

「何⁈はやく言えよ。それならつまり…」

「いや、断定は出来ないよ。全ては彼女次第って事だねえ。」

タルトゥスは不気味な笑みを浮かべている。

これは何か起こるな、俺は戦乱の訪れを直感せざるを得なかった。

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終焉のキロク AWZZA @Asosaro

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