セーブ&ロード
球磨創
第1話
§
「――ハッ、ハァッ、ハァ」
どうして、どうして、どうして。
どうしてこんなことになってしまったの。
私がなにをしたっていうの。お母さんがなにをしたっていうの。どうして私たちが、こんな目に合わなくちゃいけないの。
真っ赤に焼けた世界を、私は走る。
遠くで黒い影が揺れた。耐火性の装備に身を包み、顔をマスクで覆った男。これまでの道中で何度も見た。誰が同じ人で、誰が別人かなんて区別はつかない。
男が私に、黒いホースを向けた。そこから炎が噴出す前に、私は道を曲がる。後髪に焦げるような熱風を感じたが、振り向くことなくひたすらに走る。
お母さんは、ただ黙っていた。目を瞑り、口を閉じ、私に抱かれるままだった。
私は不思議なほどに軽いソレを抱いて、街の外を目指して走り続けた。
§
その日の朝は、とても騒がしい朝でした。
ちゃんとセットしたはずの目覚まし時計が役に立たず、私が起きたのは学校へ行く時間の15分前でした。
「ちょっとお母さん! なんで起こしてくれなかったの!?」
声を張り上げながら居間に行くと、ソファに座ってテレビを見ているお母さんがいました。
「んー、マユ気持ちよさそうに寝てたし、起こすのかわいそうかなーって」
「もぉー、朝ごはん食べれないじゃん!」
大急ぎで歯を磨きながら着替えながら顔を洗いながら髪をセットします。ほんっとにお母さんは能天気なんだから!
「おべんとは作ってあるよー。ちゃんと持ってってね」
「んもー、アリガト! じゃ、行ってきます!」
引ったくるように鞄を肩にかけ、私は玄関に向かいます。
「あ、マユ、ちょっとまってー」
「もー、なにさ。遅刻しちゃうよぉ」
「傘、持って行きなさいよー。うちの地域、今日は4時まで雨だって」
「えぇー、分かった。ありがといってきます!」
玄関にある傘立てからビニール傘を取り、扉を開ける。小走りで家を出ると、背中から「10分後には降り始めるってさー」と言うお母さんの声が聞こえました。
外の天気は、幸い晴れでした。これだけさんさんと太陽が輝いていても、すぐに雨が降り始めるのだから恨めしいものです。
雨に当たらないように、急いで学校に向かいます。通学路に出ると、同じことを考えて走っている生徒たちがちらほらいました。
急いだおかげで、なんとか晴れているうちに学校に着くことができました。ほっと一安心、息を整えながら階段を登ります。2‐Aの教室につく頃には、既に大粒の雨が窓を濡らしていました。
§
突然そとで轟音が鳴り響いたのは、五時間目の政経の授業中でした。
窓をびりびりと震わせるほどの音が、何度も続けて鳴ります。窓際の席の私はびっくりしてペンを落としてしまったのですが、教室内の雰囲気は意外なほどに落ち着いたものでした。
「おー、始まったか」
社会科教諭の担任教師が、窓の外を見ながら言います。
「ねぇ、もしかして今日隣町で巻き戻しあるの?」
私は隣の席に座る、仲良しのアケミに尋ねます。アケミは目を丸めて答えました。
「うそー、マユ、天気予報見てないの!?」
「し、シーッ! 今日はちょっと寝坊しちゃって……」
指を口元に立ててアケミを制すも、その声は教室中に聞こえていました。
「おー、なんだアキモト、天気予報見てないのかぁ? そんな不真面目じゃ番号持ちになっちまうぞー」
「は、はい……すいません」
「せんせーだって6番じゃないですかー!」
注意する先生に、クラスのお調子者が軽口を言います。その言葉に教室内が笑いに包まれます。その間も、外ではなにかが爆発するような音が続いていました。
「バカヤロー、俺の歳で6番ならむしろ良い方だ。それをいうならヤマダ、お前高校生で3番はマズイからな。もう万引きするんじゃねぇぞ!」
「うっへ、勘弁ですって。俺は万引きなんかしないっすよ!」
「ああそうだな。お前はきっと万引きなんてしない。せんせーしんじてるからなー」
先生はそう言って、教壇の上の教科書を閉じます。こうも近くで巻き戻しがあると、授業にはなりませんし、切り上げるつもりなのでしょう。
「特にこの街は、全国的に見ても犯罪係数が低い。巻き戻しが起こらないようにするためには、一人一人が自覚を持って、倫理的な生活を送ることが大切だ。人は生まれながらにして、善い生き物なんだからな」
そこまで言って先生は「じゃ、残りは自習なー」と教室を出て行きました。こういういい加減なところがあるのも、生徒に人気のポイントです。
当然、皆は自由にお喋りを始めます。私もアケミと雑談を交わしながら、ぼんやりと外の景色を眺めていました。
雨が降りしきる中、遠くで赤い炎が揺らめいているのが見えました。目に見える範囲で起きている出来事なのに、違う街というだけで、なんだか夢みたいな感覚でした。
§
下校時間、傘を差した生徒たちが学校を出ます。私みたいに天気予報を見逃す不真面目な生徒はいないようで、傘のない人は見当たりません。
学校からの帰り道、私はたいてい一人です。仲良しの友達は皆部活や委員会で忙しく、帰宅部の私はとぼとぼと通学路を歩くことになります。こんなことならなんか部活に入っておけばよかったかなと思うこともしばしばですが、運動の適正が低い私では不向きだったでしょう。文化部ならどうかとも考えましたが、あれは好みによって適正が大きく変わります。残念ながら私の好きな量子記憶学を学べる部活はなかったので、趣味に留めておくことにしました。
「巻き戻しの現場、見てみたかったなぁ」
そう思って、空を見上げます。あれだけ五月蝿かった音はもう止んで、家々が立ち並ぶここからではあの炎を見ることができません。
巻き戻しは、量子記憶学の発達によって実現した、現代における最も重要なシステムの一つです。一つの街がまっさらになるまで焼き払われる光景は、まさに圧巻でしょう。
家の屋根に上れば見えるでしょうか。でも、この雨だしなぁ……。
そんなことを考えながら余所見をしていたからでしょう。前方から駆けてくる女性に、私は気が付きませんでした。
「いたっ」
不意の衝突に対応できず、私は尻餅をついてしまいます。それは女性も同じだったようで、むしろ私よりもひどく、倒れこむように転んでいました。
「え、あ、大丈夫ですか?」
ぶつかられたのは私のほうなのに、まるで私の方が悪いような構図です。
良く見ると、不思議な女性でした。歳は同じくらいでしょうか。煤けた服を着て、お腹を抑えるように腕を抱えています。なにより、傘を差していません。
私の呼びかけに持ち上げた顔は、とても綺麗なものでした。同性の私でもドキリとさせられるくらいで、でもどこか縋るような、希うような、そんな悲しそうな表情でした。
「あ――」
女性がなにか言おうと口を開いたときのことでした。街中をサイレンの音がつんざきます。それは、警報。めったに鳴ることのない、よほどの緊急事態を知らせる音です。
『現在、本街にA街からの侵入者が潜伏中。犯罪係数は基準値をはるかに超え、非常に危険です。外出中の者はただちに屋内に避難し、また既に屋内にいる者たちは外出を控えてください。繰り返します――』
街に……侵入者?
アナウンスされたその街は、巻き戻しをされているはずの、あの隣町でした。巻き戻し中の街から、凶悪犯罪者が抜け出して、この街に……?
「早く、帰らなきゃ」
地面に落としたままだった傘を拾い、水溜りで汚れた服を払います。女性はまた顔をうつむかせてしまっていました。親切にする義理なんてこれっぽっちもないですけれど、放って置くわけにもいきません。
「あなたも早く、帰りましょう。アナウンス聞いてましたよね?」
仕方なく手を伸ばします。しかし女性はお腹を抱えたまま、振り絞るような声で呟きます。
「……助けて」
「は?」
何を言ってるんですか――と言いながら、私は強引に女性の手を引きます。変な人と関わってしまったかもしれないと思いましたが、立ち上がらせたらすぐに立ち去るつもりでした。
けれど、それは叶わぬ願いでした。こんな人に構うことなく、さっさと家に帰っておけばよかった。心からそう思いました。
手を引かれた女性は、ふらつきながらも立ち上がります。その女性がずっと抑えていたお腹から、何か重いものがゴトリと落ちました。
「あっ」
まずいことをしたかと怯えつつ、私は何かが落ちた地面に、視線をおろします。
そこに転がっていたのは――人間の生首でした。
「ひっ――」
大きな声は、出ませんでした。ただ喉を絞られたような奇妙な悲鳴が、私の口から漏れ出ます。
女性はその首を丁寧に拾い上げ、こう呟きました。
「隣町から抜け出した犯罪者というのは……たぶん、私のことです」
§
幸いだったのは、彼女と出会ったのが道路は比較的人通りが少なく、横に逸れる小路が多かったことでしょう。私は彼女が生首を拾い上げると、その手を引いて隠れるように小路へと入っていきました。
自分でもなぜそうしたのかわかりません。でもなにか、致命的なことが起こっているように思えたのです。
「どうして。なぜ街から抜け出したんですか。いえ、それより。その首……あなたが?」
私の頭は混乱していました。それでもまだ、冷静に言葉を紡げたほうだと思います。
「これは……私のお母さんです」
女性は端的に言いました。
「お母さんは奴らに殺された。お母さんだけじゃない、みんなみんな、あいつらに殺された」
「あいつら……?」
集団による無差別殺人でも起きたというのでしょうか。そんな、まさか。
いくら犯罪係数の高い街とはいえ、そんなこと。そのような事態が起こらないようにするための、巻き戻しのはずなのだから。
「それじゃあ、あなたはその奴らから逃げて、この街に?」
「ええ、そうです。なんとか街からは抜け出せた。でもダメ、奴らはすぐに追いかけてくる」
追いかけてくる――。あのアナウンスは、彼女を追っている殺人鬼のことを指していたのでしょうか。
でも彼女はさっき、自分がその犯罪者だと言いました。それは一体……。
「と、ともかく、早く憲兵さんのところへ行きましょう。その、お母さんだって助かりますでしょうし」
脳にあるマイクロチップさえ無事ならば、たとえ事故や殺人の被害に遭ってしまった人を助けることもできます。首だけになってしまったお母さんも、逆に言えば首より上さえあるのだから、心配はありません。
「憲兵……なにを言ってるの?」
しかし彼女の反応は実に淡白なものでした。不安と疑念が入り混じった表情で、私の目を見つめています。
「いえ、だから、憲兵さんに事情を説明して、保護してもらいましょうよ。あなたを追っている奴だって、すぐに捕まると思います。街だって巻き戻しされてるんだし――」
大丈夫ですよ。と、そう言おうとしました。
「なにを言ってるの!?」
突然、彼女は半狂乱になって叫びだしました。
「憲兵? 保護? なにも分かっちゃいない! 私は助けて欲しいの。お願いだから、私たちを助けて! あいつらから――」
叫ぶ彼女を宥めようとしても、彼女の勢いは止まりません。すでに外には雨音以外の物音はなく、彼女の声は小路に良く響きました。
「街を焼いているのは、お母さんを殺したのは、私を追っているのは、みんなみんな――憲兵たちなのよ!」
§
「なに……言ってるんですか?」
彼女を襲ったのが憲兵さん?
憲兵さんは、私たちの生活を守るのがお仕事じゃないですか。
「だから――その考えが根本から可笑しいのよ」
思わず、声に出ていたようです。女性は雨に濡れた前髪をかきあげて言います。
「奴らは確かに安寧を守っている。犯罪係数の高い者は、ロールバックさせる。生まれつきの凶悪犯なんてこの世にはいないのだから、それで一定の秩序は保たれる」
そうです、その通りです。ロールバックとは、ある期間の記憶だけをマイクロチップから消去することです。
そのマイクロチップを、IPS細胞で作られた型にはめ込みます。そうすると、量子記憶に保存された生体記憶によってその人物が形成されます。全ての情報が同一であるそのクローンは、その人そのものと言って差し支えないのです。
「でもね、不思議に思ったことはない? 今日このとき、今ここにいる自分の記憶がなくなったまま明日の朝を迎えたら――それは本当に、自分そのものだと言いきれる?」
「それは……」
自分そのもの、なのでしょう。
ロールバックが行われても、同一の個人であるというのは現代社会の常識です。
クラスのヤマダ君も、3番の今と2番の頃を別物と考える人はいません。確かに万引きを犯したのは2番のヤマダ君で、3番のヤマダ君がそのことについて責められる謂われはありません。とはいえ、それも含めた上で、分かった上で同一視するのが不文律です。
「……記憶喪失になったからといって、その人がその人じゃなくなるわけではありません。仮に自分が自分ということを忘れたとしても、周りが覚えているのですから」
そう、私たちが彼をヤマダ君だと認識するのだから、彼はヤマダ君なのです。「我思う、故に我あり」ではなく、「我思われる、故に我あり」というわけです。
「じゃあ貴女は……今ここで誰かに殺されて、その記憶を忘れたまま新しい身体を得ても、それが自分だと断言できるのね。首から下を切り落とされても、生きたまま街ごと身体を焼き尽くされても、明日起きて全てを忘れているならそれでいいのね。貴女はいつを生きてるの。――今なの? ――それとも明日なの?」
彼女は自分の母親という首を突き出しながら、そう私に問いました。
「――っ」
彼女の言葉に、ある命題を思い出します。
――哲学的ゾンビ。
人間とまったく同じように振舞うが、意識のないゾンビ。それを私たちは果たして、人間と呼べるのか。あるいは、スワンプマンの話でもよいでしょう。
憲兵さんたちがやっていたのは、そういうことなのでしょう。
明日になれば生き返るのだから、忘れているのだから、何をしても良いだろう。
あるいは、そんな意識さえないのかもしれません。ただ、効率を求めた結果、巻き戻すなら全て一緒に焼き払った方が良いとなったのかもしれません。
信じられないような話です。けれど現に、彼女は今悲惨な状態で、私の目の前に立っています。
そして信じたくもないようなことですが、私は、私たちは、これまでこの世界のシステムに疑問を抱いたことがありませんでした。いえ、彼女のように気づいた人もいるでしょう。しかしその人たちは新しい番号となり、そのことを忘れてしまうのです。
「――逃げましょう」
彼女の肩を掴み、私はそう言いました。
「分かって……くれたのね」
彼女はそう言って目元を拭います。
「でもダメよ。逃げることなんてできない。どこへ逃げようとも、この世界から逃げることなんてできないわ」
「ええ、そうですね。算段なんてありません。でも、忘れたくないんです。この世界の可笑しさに気づいた私を忘れたくない」
私は彼女の手を取ります。彼女も、私の手を握り返しました。
「そういえば……名前を聞いてなかったですね。私、マユって言います。アキモトマユです」
緊張感のない私の問いに、彼女の顔が綻びます。初めて見た笑顔でした。
「ミナセキョウ、よ。昨日今日明日の、キョウ。変な名前でしょ?」
「いえ……ぴったりな名前だと思います」
私は彼女の手を引いて、小路の先を向きます。
気づけば、雨は止んでいました。もう4時を過ぎたのでしょう。道の先には、明るい夕日が見えます。
「こんなことを言うのも可笑しいんですけど。私、なんだか――」
――本当の私になれた気がします。
そう言って、私は振り返ってキョウの顔を見ます。
けれど、私の声が小路に響くことはありませんでした。
代わりに、数度の破裂音が私の言葉をかき消します。
キョウが、口から血を吐きます。綺麗なキョウの顔が苦痛にゆがみ、そしてキョウの身体が崩れ落ちます。
「――キョウッ!? キョウ!!」
「あー……っとに手間かけさせやがって」
倒れたキョウの向こう側に、全身黒ずくめの男がいました。厳重な装備に身を固め、顔さえもマスクに隠したまま、黒い銃をこちらへ向けています。
あの格好は、教科書やニュースで見たことがあります。巻き戻しを行う際の、憲兵さんのユニフォームです。
「嬢ちゃんはなんでここにいるのかな? 外出禁止のアナウンス、聞いてたよね」
男が銃口をこちらに傾けます。すくんでしまって動けなくなった私の足元から、声が聞こえてきました。
「ぁ……ユ、さん――」
それは、キョウさんでした。今もなお地面を血で濡らし続けるキョウさんが、空ろな瞳で私を見ていました。力なく伸ばされたその手には、あの、生首がありました。
「これ……っだけは。おかっ、さんは……守って……ほしっ」
「緊急警報の無視は、番号追加されても仕方ない案件だよねぇ。まあ規則にあろうがなかろうが、ここで嬢ちゃんを帰すわけにもいかないんだけどさ」
私は男の言葉を無視して、膝を付きます。血でできた水溜りが音を立てます。
キョウの手は、とても冷たかったです。けれど、受け取ったキョウの母親の首は、不思議と温かかったです。キョウが、大切に抱えていたからなのでしょう。
これを受け取ってどうするのでしょうか。キョウの母親を、そしてキョウを助けることができるのは、憲兵さんたちしかいないというのに。
私が首を受け取ると、キョウは満足そうに微笑みました。
「ありが……と……」
でもすぐに、薄く開けた瞳から、ぽろぽろと涙が零れていきます。
「わだしっ……忘れたく、なっ……。今日の、こと。マユさんの……ことっ……」
血と涙でぐちゃぐちゃになったキョウの顔は、とても綺麗なものでした。
§
「――ハッ、ハァッ、ハァ」
どうして、どうして、どうして。
どうしてこんなことになってしまったんでしょうか。
誰が、なにをしたというのでしょう。こんな目に遭わなくちゃいけないようなことを、誰かがしたというのでしょうか。
雨上がりの、暗くて狭い小路を私は走ります。
明日の私は、きょうのことを覚えているでしょうか。
明日の私は、本当に私なのでしょうか。
腕の中の首は、ただ黙って抱えられていました。この頭に埋め込まれたチップが、私たちそのものなのでしょうか。だとしたら、私たちは本当に人間だと言えるのでしょうか。
――忘れたくない。
それは、キョウの言葉でもあり、私の言葉でもありました。
私は不思議なほどに軽いソレを抱いて、小路の向こうを目指して走り続けます。
§
――その日の朝は、とても騒がしい朝でした。
目覚まし時計はその役目を果たさず、私の目が覚めたのは学校へ行く時間の10分前でした。
「ちょっとお母さん! なんで起こしてくれなかったの!?」
居間では、お母さんが美味しそうにトーストを頬張っていました。
「だぁって、お腹空いたんだもん。食べ終わったら起こそうと思ってたんだよぉ」
「もぉー、私が朝ごはん食べれないじゃん!」
能天気なお母さんを放って、私は大急ぎで支度をします。
「ごめんねー。おべんと張り切ったから許してー」
「ん、期待しとく! じゃ、行ってきます!」
引ったくるように鞄を肩にかけ、私は玄関に向かいます。
「あ、マユ、ちょっとまってー」
とたとたと、お母さんがこちらへ向かってきます。
「もー、なにさ。遅刻しちゃうよぉ」
「今日も3時から雨降るんだって。昨日、傘忘れてきたでしょ? だからこれ持って行きなさい」
そう言うお母さんの手には、新品の折りたたみ傘がありました。
「んー……」
急いでるはずなのに、私はなぜだかその傘を見て逡巡します。
「……今日はいいやっ。たまには天気予報に逆らってみる!」
「えぇー? 逆らうって、絶対降るんだよぉ。お母さん嘘ついてないよー?」
「うん、だから……たまには濡れて帰りたい気分、みたいな?」
自分でも、うまく説明できない感情でした。でもお母さんは「ふーん」とだけ言って、それ以上追及してくることはありませんでした。
「じゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃーい」
お母さんに手を降り、勢い良く扉を開けます。
扉の向こうでは、さんさんと太陽が輝いていました。これだけ晴れていても、3時きっかりには雨が降り始めるというのだから、なんとも不思議なものですね。
セーブ&ロード 球磨創 @cuma_hajime
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