3月14日の私②

 何十人もの彼氏君に囲まれた授業が終わり、休憩時間になった。

 他のクラスの様子が気になり、廊下に出た私は、彼氏君からのホワイトデーの『お返し』がまだまだ続いている事を知った。


「よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」…


 私の居る教室の前後に並ぶ教室の扉と言う扉が開き、そこからブレザー制服の彼氏君が溢れてきたのだ。まるでアリの群れのように、ぞろぞろと同じ姿、同じ服、そして同じ声のイケメン男子が現れ続け、私に向かって満面の笑みやウインクを投げかけてくる。私がいる教室以外は、今日はどの教室にいる先生も生徒もみんな彼氏君になっていると言う事を、私はようやく知ることが出来た。

 あっという間に、廊下は遥か彼方までたくさんの彼氏君でごった返してしまった。普段の『私』の学校も休憩時間になるとこういう感じになるけど、今回はそれが全員理想や憧れの存在だらけと言う事で、私の心臓はいつもより速く鼓動を続けていた。

 そんな私の傍に、あっという間にたくさんの彼氏君が集まっていた。お返しは楽しんでいるか、と口々に言う彼氏君に笑顔を返していると、彼氏君は自分同士でこんな言葉を交わし始めた。


「「「いいよなー、一緒のクラスになれて」」」

「「「「「へへ、いいだろー」」」」」

「「「「「「「羨ましいぜ、全く」」」」」」」


 何百何千もあるクラスの中で、私と彼氏君が一緒に居るクラスは1つだけなので、他のクラスの彼氏君は私のクラスの彼氏君のことを羨ましがっている様だった。授業を抜け出して見に行っちゃおうか、なんて声を揃えて何十人もの彼氏君が一斉に言ったけれど、すぐにそれ以上の数の『先生』の彼氏君がやって来て、それは駄目だと突っ込まれてしまっていた。

 どの彼氏君もみんな同じ服に同じ姿、同じ顔、そして同じ声なので、どれが先生か生徒か、正直私には分からなかったけれど、むしろそっちの方が心地よかった。ここにいるのは私の知っているいつも通りのブレザー制服の彼氏君だけ、それが廊下の果てまで埋め尽くしている光景、まさに天国だ。


 そんな事をしているうちに、無数の彼氏君と1人の私の耳にチャイムの音が鳴り響いた。あっという間に彼氏君の大移動が起き、廊下に溢れていた人影は全員それぞれの教室に戻っていった。もちろん私も一緒だ。


「「「「「「「「「「「それから、この部分が示しているのは……」」」」」」」」」」


 再び授業が始まり、教室の中には何十人もの『先生』の声が響いていた。心なしか、さっきの授業よりも机の数や先生の数、そして教室そのものの広さが大きくなっているような気がした。

 よりたくさんの彼氏君が私と一緒のクラスで一緒の授業を受けている事に感動した私がふと外を見ると、学校の校庭と、そこで体育の授業を行う『生徒』と『先生』の姿があった。いつもなら私が様々な運動やスポーツをしている場所だけれど、今日の校庭にいるのは、お揃いの体操服を身に着けた彼氏君の大群だった。ジャージのままだったり、半袖半パンになっていたりと服装は様々だけれど、どの彼氏君も皆自慢の運動神経を存分に発揮している様子だ。

 私が眺めているクラスの内容はチーム戦をする競技のようで、それぞれ赤と青のゼッケンを着て、互いに勝負を仕掛けている。彼氏君は私よりもっと運動神経が良いから、白熱した試合になるんだろうな、そんな事を思いながら私は外を眺めていた。今日の私のクラスには体育の授業は無かったけれど、もし体育なんてあったら、たくさんの彼氏君が更衣室にぞろぞろと入って――とつい妄想にふけってしまっていると、視界がたくさんの彼氏君のブレザー制服で遮られてしまった。


「「「「「「「「「「「こーら、授業はちゃんと聞いてないと駄目だぜ?」」」」」」」」」」 


 そう、私は今、彼氏君の『先生』から授業を受けていたのだ。


「ご、ごめんなさい!」

「「「「「「「「「「「分かればよろしい♪」」」」」」」」」」


 私を許すかのように、彼氏君は一斉に私にキスの嵐を浴びせてきた。今日だけで何度彼氏君の柔らかい唇の感触を、頬や手の甲などに味わっただろうか。でも、正直いくら味わってもまだ足りないくらい、彼氏君の感触は私にとって心地よく、病み付きになりそうなものだった。

 まぁ、彼氏君とはホワイトデー以外でもいつでも、毎日会える訳だけど。



 色々あったけど午前中の授業は無事に終わり、昼食の時間がやって来た。でも、私はこの時まである事をすっかり忘れていた。朝の台所が何人ものお揃いの制服を着た彼氏君に占領されていた事もあるけれど――。


「し、しまった、どうしよう……」


 ――家で作って教室で食べるはずの昼食用のお弁当を忘れてきてしまったのだ。どうしよう、と辺りを見回すと、私の周りを囲んで全く同じ中身の弁当を食べ、同じ話題で盛り上がっていた数十人の彼氏君が一斉に私の方を向いた。


「「「「「「「「「「あ、もしかして弁当忘れてきたとか?」」」」」」」」」」」

「か、彼氏君が台所にいっぱいいたからだもん……」

「「「「「「「「「「そっか、悪い悪い♪」」」」」」」」」」」


 でも、そのまま午後を空腹で過ごすという事態にはならなかった。あんなことを言って私をからかっていた彼氏君だけど、一斉にその掌に出されたのは、一寸も違いが無い包み方をされた、私のために作ってくれたお弁当だった。夜が明けるまで私がぐっすり眠っていた間に、彼氏君は私専用の献立を用意し、一生懸命に作ってくれていたのだ。

 とは言え、食べて、食べて、食べてと一斉にせがまれても、あいにくここに私は『1人』だけ、そんなにたくさんのご飯は口に入らない。そう私が言って断ると、しばらく彼氏君は揃って顔を別の彼氏君に向け、何かを考え始めた。そして――。


「「「「「「「「「「あーん♪」」」」」」」」」」


 今度はみんなで思い思いのおかずやご飯を箸で掴んで、私に口移しさせようとしてきた。彼氏君の作ってきた愛情たっぷりのお昼ご飯を、彼氏君の箸で食べることが出来るって言うのはとっても嬉しい事だけれど、やっぱりそんなにたくさん一斉に来られるとやっぱり困ってしまう。

 そんな訳で、私は彼氏君に代わる代わる、自慢の料理の腕を堪能させてもらうことになった。


「はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」はい、あーん♪」……


 小鳥と言う空飛ぶ動物が私たち人間から餌を貰うと、幸せな気分になると以前授業で聞いた事がある。きっとこういう気分なんだろうな、と私はつい思ってしまった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 普段の学校なら、『私』は昼食を食べた後、眠い目をこすりながら午後の授業を受け、その後は私の学び舎である女子校の掃除をしたり、所属している部活の活動をしてから、彼氏君の待つ場所へ向かういう日程だ。でも、学校も彼氏君だらけの今日の学校は違った。ぞろぞろと入ってきた先生の彼氏君たちは授業をするかと思いきや、なんと午後の授業は中止、みんなで街に遊びに行こうと言い出したのだ。つまり学校一丸になっての壮大な『サボり』だ。


「ほ、本当にいいの!?」

「「「「「「「「「「当然だ、な♪」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「せっかく俺たちがいっぱいいるんだし、時間を大事にしなきゃ損だろ?」」」」」」」」」」


 教室のあらゆる方向から放たれたウインクに、午後の時間をたっぷり彼氏君と過ごせる嬉しさが重なり、またまた私は一瞬気が飛びそうになってしまった。でも何とか持ちこたえ、校庭で待っていて欲しいという何十もの彼氏君の忠告を素直に聞くことにした。その直後に廊下から数えきれないほどの足音が心地よい地響きとなって聞こえ始めた辺り、きっと何か準備することがあるんだろう、と思いながら、私は人の気配が無くなった教室を後にした。


 そして、校庭に降り立った私を迎えたのは、ホワイトデーでしか味わえない光景だった。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「よう、待ってたぜ♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 そこにいたのは、制服ではなく私服を着こなす彼氏君の大群だった。何十人、いや何百何千、一体どれくらいいるだろうか。どの彼氏君も黒や白を基調としたお洒落な服を身につけ、頭に全く同じデザインの帽子を被り、とても広いはずの校庭の半分を埋め尽くしていた。

 ところが、彼氏君の数はそれだけに留まらなかった。学校の出口の方向で私を待っていた彼氏君だけではなく、先程まで学校で授業を受けたり、授業を担当していた『先生』や『生徒』の彼氏君まで、みんなお揃いの私服に着替えて校庭にやって来たのだ。


「お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」お待たせ♪」……


 前後左右、私の周り360度は、あっという間にお洒落な私服や帽子に身を包んだ彼氏君で埋め尽くされてしまった。一緒に行こうか、と一斉に発した何千、いや何万人もの彼氏君の声は、私の耳には心地の良い海の波のように感じた。


 そして、彼氏君の作る濁流に巻き込まれつつ、私は学校を後に町へと向かった。左右に大量の校舎が立ち並ぶこの道は、いつも夕方になると部活などが終わった『生徒』や『先生』がたくさんの女子校から溢れてごった返し、広い道を一面覆いつくしながら進む巨大な流れが出来てしまう。だけど今回は、数万人もの彼氏君がその気持ちよい流れを作り出している訳だ。

 朝起きて10人の彼氏君を見て以降、通学路や学校、そしてこの町への道まで、彼氏君の数はどんどん増え続けていた。今は一体何千、何万人居るのか見当がつかなくなるほどだったけれど、私はもっともっと、たくさんの彼氏君を見たい、と考えていた。だって、理想の存在がたくさんいればいるほど、私はさらに幸せな気分になるのだから。


 その私の願いが通じたのか、町の中に入っても新しい彼氏君が次々に現れ続けた。


「よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」……


 ビルや店の中や外、あらゆる場所にいる彼氏君は、私の姿を見ると一斉に笑顔で挨拶をかけてきた。俺たちの店においでよ、いや俺たちの店に、いやいや俺たちの元に、と次々に彼氏君は私を誘おうとしている。アクセサリー店や帽子の専門店、スイーツ専門の店など、どれも私をひきつけそうなものばかりだ。

 町に溢れる彼氏君の誘いを受け入れるかどうか、店にいる彼氏君と全く同じ姿形で、同じ笑顔を作り続け何万人もの彼氏君に尋ねた。学校からずっと一緒に来ている、私の理想の男性の大群だ。すると――。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「大丈夫、自由に決めればいいぜ♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


――やまびこのように一斉に響く彼氏君の綺麗な声に、私は甘えさせてもらうことにした。丁度アクセサリーが欲しかったところなので、この機会に彼氏君にこっそりおねだりしてみよう、と考えた訳だ。

 でも、やっぱりと言うべきかまさかと言うべきか、私の彼氏君の数がこんなに多いと、その対応も私の予想以上だった。



「これとかどう?」「これもいいんじゃない?」「これもお勧めだぜ?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」どう?」……


 私に一斉に声をかけてきたのは、黒と白の衣装に全く同じ帽子――この町を埋め尽くす同じ姿形の彼氏君の『店員』さんだった。みんなその綺麗な掌の上にに様々な種類のアクセサリーを乗せて、私に似合いそうなものをたくさん勧めてくれた。今日はホワイトデーだから、私の買う分は全部無料だと言ってくれたけど、こんなに大量のアクセサリーを目の前にすると、どれを選ぶべきか、とても悩んでしまう。いっそのこと全部買うという手もあるぜ、と店の外から彼氏君の大合唱も聞こえてきたけれど、大量のアクセサリーのどれを学校に持っていくか悩んでしまいそうなので、店員の彼氏君の笑顔をちらちらと眺めつつ、私はじっくり品定めをした。


 心なしか店員の彼氏君の数が増えているような気もしたけれど、たくさんの笑い声に囲まれながら、ようやく私は自分好みのブレスレットを一つ買う事を決めた。


「ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」ありがとう♪」……


 お金を払う必要は無かった代わりに、私はキスの『お釣り』をまたまた沢山貰ってしまった。


 早く行こうぜ、と再び外から心地よい合唱が聞こえてきたので、手を振りながら笑顔で見送る数百人の『店員』の彼氏君に別れを告げ、私は再び町へと繰り出した。 

 それからも、席を埋め尽くす彼氏君と一緒にパフェを食べたり、大量のプリクラの台があるゲーセンに立ち寄ったり、私はたっぷりとホワイトデーの午後を有意義に過ごす事が出来た。普段の町も私や彼氏君のカップルで賑やかだけれど、今日はその全員が全く同じ、私の大好きな憧れの人になっている。なんて嬉しく、そして楽しい時間だろうか……。

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