彼氏・お返し・万倍返し
腹筋崩壊参謀
3月13日~3月14日の私①
「少しづつ暖かくなってきたよなー」
「そうだよねー」
私は、女子校に通う女子学生。今日も無事に学校が終わり、近くの公園にやって来た所だ。
ベンチに座る私の傍には、私が誰よりも大好きな存在、近所にある男子校に通う『彼氏君』が座っていた。運動系の部活で鍛えた体に、私の心をときめかせる甘い声、端正な顔つき、そして子校のブレザー制服の格好良さ、まさに私の理想が形になって現れたような姿だ。
いつも学校や部活が終わると、私は彼氏君と待ち合わせをして、町のあちこちをデートしている。それぞれ別の学校に通っているので普段は授業や昼食を一緒に食べることは出来ない分、こういう時を有効に活用して2人で居る機会を増やしている訳だ。
今日いつも通りのコースで町を巡り、2人でスイーツを食べたりプリクラを撮りに立ち寄ったり、たっぷりと彼氏君との時間を楽しむことが出来た。そして、最後にこの公園に辿り着いたと言う事だ。恋人の名所、と言う感じなのか、私と彼氏君がここに来ると、いつも私たちと同じカップルがたくさん集まり、肩を寄せ合ったり抱き合ったり、時には堂々とキスしたりと賑わいを見せている。どのカップルも考えていることは一緒なのかな、と思うとつい笑顔になってしまう。
普段は彼らに混ざって私たちも語り合い、時には抱き合ったりキスしたりするけれど、今日はいつもと違っていた。彼氏君がある話を持ちかけたからだ。
「え、明日って何の日……だっけ?」
「なんだ、忘れたのか?あれだぜ、年に1度の……」
「……あぁ、そうか!」
すっかり忘れていた。明日は3月14日、ホワイトデーだ。
1ヶ月前のバレンタインデーには女子が男子に心のこもった贈り物をプレゼントするけれど、ホワイトデーは逆に男子のほうから女子にプレゼントを贈る日になっている。私も先月のバレンタインデーの時には彼氏君に心のこもった『贈り物』をあげて、1日中大満足してもらった。とても嬉しそうな彼氏君の笑顔は、私にとって何より幸せなものだった。そして明日は、そんな彼氏君から私に向けて『贈り物』が届けられる日である。
「それで、どんな贈り物なの?」
「それは秘密。でも、一つだけヒントをあげよっか?」
「え、なになに?」
ホワイトデーは3倍のお返しをする、なんていう話もあるけれど、今回は十、百、千、いや何万倍もたっぷりお返しをしてあげる。彼氏君は、自信に満ちた笑みを私に見せた後、頬にキスをしてくれた。彼氏君の唇の感触は毎日味わっているけれど、今日はいつもよりドキドキの度合いが大きかった。『何万倍ものお返し』って、一体どんな事なのだろう、と言う気持ちと、あまりにスケールが大きすぎて分からない困惑が混じり、私の顔はすぐに赤くなってしまった。
辺りを見回すと、公園の中にいる私たちと同じ大量のカップルも同じような状況になっていた。熱いキスや抱擁で明日を楽しみにするように伝えられ、同じように顔を真っ赤に染めている――どのカップルも皆、明日が楽しみのようだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それにしても一体どんなお返しをしてくれるのだろうか。『何万倍』なんて、どうするつもりなのか。彼氏君と別れを交わして家に帰ってからもずっとその事ばかりが頭に浮かびながら、いつの間にか私はぐっすりと眠っていた。
そして次の朝、私は再び頬に感じた気持ちよい感触で目覚めた。
「ん、んっ……」
眠い目をこすりながら開くと、そこにはびっくりする光景が広がっていた。
「おはよう♪」
私の隣に、彼氏君の笑顔があったのだ。
私と彼氏君は普段別のマンションに住んでいるけれど、双方で鍵を共有しているので、いつでも自由に互いの家に遊びに行くことができる。でも、昨日はそんな約束なんて入れていなかった。いつの間にやってきたのだろうか、とぼんやり考えた私だけれど、体を起こした途端に、周りに広がる光景であっという間に目が覚めてしまった。
「「「「「「「「「「おはよう♪」」」」」」」」」」
私のベッドの周りを、10人もの彼氏君が囲んでいたからだ。
顔も同じなら声も同じ、服もみんなお揃いの紺色のブレザーの制服に統一されている。左の胸についている校章のバッジが少し斜めになっている所まで、どの彼氏君も全く一緒だ。
一体どうしたの、と私が尋ねると、彼氏君は一斉に答えた。
「「今日はホワイトデーだろ?」」
「「「「だから、今日一日『俺』をたっぷりプレゼントしてあげる訳さ」」」」
彼氏君の言葉と逸れに続く笑顔に驚く私だけど、彼氏君のホワイトデーのプレゼントはまだ始まったばかりだった。ご飯が出来てるぜ、と言う声のほうを向くと、そこには出来たての美味しそうな朝ごはんと、それを作った10人の新しい彼氏君の姿があったからだ。
いつもコンビニで買うお握りだけで朝ごはんを済ませてしまう私だけど、温かいご飯やほど良く焼けた卵焼きにソーセージ、そして豆腐やワカメがたっぷり入った味噌汁の味はとても美味しかった。私の大好きな彼氏君の手作りと言う事もあるけれど、それ以上に私の周りを20人に増えた彼氏君が笑顔で囲む光景を眺めることが出来る事がとても嬉しく、楽しかった。もしかしたら、これが朝ごはんの隠し味なのかもしれない。
ご飯を食べ終わった後、食器も全部彼氏君が片付けてくれた。その間私は洗面所へ行って身支度や着替えなどを済ませ、彼氏君が20人も待つリビングに戻った。
「お、今日も可愛いじゃん♪」「相変わらず制服が似合うぜ」「ちょっと髪型がずれてるかな?」「うんうん」
褒めるばかりではなく、彼氏君はこうやってアドバイスもしてくれる。朝から格好いい声にたっぷりと包まれるなんて、彼氏君のプレゼントはなんて素晴らしいんだろう、と私はつい顔がにやけてしまった。
でも、ここまでの内容は、彼氏君が用意してくれた3月14日――ホワイトデーのお返しのほんの一部だということを、私はすぐに知った。大量の彼氏君と一緒にドアを開いた私の目の前に広がっていたのは――。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おはよう!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
家の中で私を起こしてくれた20人の彼氏君の何倍、いや何十倍もの数に増えた、たくさんの彼氏君の笑顔だった。
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朝起きてから朝食を食べ、準備を整えて家を出た私は、同じ通学路を、同じ生徒や先生に囲まれながら、同じ彼氏君と一緒に歩くのが日課になっている。寒い日は互いに寄り添って暖まりながら道を進み、暑い時には額や頬の汗を互いに拭きながら、それぞれの学校へと向かう。
だけど、今日の通学路はいつもと違っていた。
「「「「「「「「「「朝も暖かくなってきたなー」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「昨日なんてウグイスも鳴いてたぜ?」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「桜もちらほら咲いた……っけ」」」」」」」」」」
「ど、どうだったっけ……うーん……」
前後左右、私の周りを囲みながら足並み揃えて歩く何十、いや何百人もの彼氏君から一斉に声をかけられ、一瞬私は尻込みしてしまった。けれど内心はとても嬉しい気分だった。いつも通学路で私の隣に居る彼氏君は1人づつと言う事が多いのに、今日は2人、3人どころか数百人もの彼氏君と一緒に学校に向かうことが出来る。今日はきっと最高の一日になるだろう、と私は思った。
でも、彼氏君の数はこればかりではなかった。前後左右ばかりではなく、上からもたくさんの彼氏君の声が聞こえてきたのだ。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「よう!」」」」」」」」」」」」」」……
通学路を囲む大量のマンションのドアと言うドアからは彼氏君が次々に現れ、家の外のベランダから次々に私に手を振っている。全く同じ制服を身につけ、寸分違わぬお揃いの鞄を肩に提げたたくさんの彼氏君はそこからぞろぞろと一階に降り、学校へ向かう大量の自分の波に加わっていく。心地よい声のシャワーを浴び続ける私にとっては、今にも昇天してしまいそうな光景だった。だってそうだろう、私の理想が形を成して現れたような彼氏君が、私の周りに次々と現れ続けて、しかも全員私の事が大好きなんだから。
そして、彼氏君の数はさらに増え続けた。
「おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」……
学校に着いた私や何百もの彼氏君を待っていたのは、学校の正門近くやその中を埋め尽くす、ブレザーの制服を着こなす彼氏君の大群だった。全く同じ笑顔やポーズを見せながら、私がまっすぐ自分の教室に進むことが出来るように道を空けてくれている。まるで大量の美形の騎士に守られるお姫様のような気分で、私はたくさんの彼氏君に笑顔を返しながら教室に向かった。
勿論、教室の中で待っていたのもまた、同じ服、同じ顔、そして同じ格好良さや美しさを持つ私の大好きな彼氏君たちだった。
「「「「「「「「「よっ、待ってたぜ」」」」」」」」」」
そう言いながら、教室の中や外にいる何十人もの彼氏君は一斉に私にキスやウインクを投げかけてきた。頬や手の甲に感じるいくつもの唇の柔らかさは、普段彼氏君から受けるものより何倍も心地よかったけれど、あまりたくさん押し寄せられるとちょっと大変だ。もう大丈夫だから、と私が言うと、彼氏君はすぐに悪かったと謝り、私を席へと導いてくれた。前後左右、どこを見ても、ブレザーの制服を格好良く着こなす私の理想の姿ばかりで、つい顔がにやけてしまった。
そしてチャイムが鳴り、たくさんの彼氏君が席に戻ると、教室に先生がやって来た。それも1人だけではなく、後から後から。
「「「「「「「「「「「「「「「「おはよう、皆」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」……
当然その先生も、教室の席を埋め尽くす彼氏君と全く同じ、ブレザー制服を着こなし、髪型や顔、そして声も格好いい、私の大好きな彼氏君たちだった。
気づいた時には、教室はたくさんの彼氏君で埋め尽くされた。前後左右あらゆる場所の席ばかりではなく、机と机の間や壁際の通路も、『先生』の彼氏君でいっぱいになっていた。みんな明るい笑顔を見せ、周りを見渡す私と目が合うと、一斉にウインクを返してくれた。
「「「「「「「「「じゃ、この問題解けよな」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「へーい」」」」」」」」」」」」」」
教室のあらゆる方向からステレオのように聞こえる同じ声に、何十もの同じ声が反応する。いつも通りの、彼氏君によるぶっきらぼうなやり取りだ。毎日のように見慣れている光景だけれど、私の教室の中で彼氏君の声が延々とこだまするのは本当に心地良かった。まるで耳が滋養強壮に良い温泉に浸かっているようだ。
そんな彼氏君の声を堪能していた私は、教室中の彼氏君の目線が一斉に私のほうを向いていたのにしばらく気がつかなかった。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「この問題、解いてみてくれないかな?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
いくつもの優しく心地よい声が私に向けて投げかけられていることに気づいて慌てて前を見ると、大量の彼氏君が黒板へ向けて道を空けいた。先ほどまで何人もの『先生』でごった返していた教卓も、大きく書かれていた問題がすぐに解けるように大きな空間が出来ていた。
頑張って、大丈夫だよ、自信を持って。そんな励ましを四方八方から受けたお陰で、私は『先生』から出された問題を、そこの答えが導かれる工程も含めてすらすらと解くことができた。昨日までの私のクラスと同じ授業内容、それも私が得意な部分だった事も幸いしたけれど。
問題に群がったたくさんの『先生』が採点するや否や、あっという間にクラスは大賑わいになった。おめでとう、さすが、と言う褒め言葉に加えて、私が席に戻る道の両側から彼氏君のキスやウインクを次々に受けて、まるで何かの偉業を成し遂げたほどの盛況ぶりだ。勿論気恥ずかしさはあったけれど、こんなに大勢の彼氏君から一斉に祝福されるというのは悪く感じなかった。好きな人が手足の指を使っても数えきれないほどいるなんて、これほど嬉しいホワイトデーの『お返し』はないだろう……。
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