第720話 第2章 6-4 儀式のはじまり
自ら白煙を発し、いったん納まるや、数百ほどもいたバグルスども、七割方が死屍累々の状況だった。尾根も草木が薙ぎ飛ばされるどころか、地形が変形している。千体を超えるバグルスの、半分近くを一撃で
アーリーならば、やりすぎだとカンナへ指示を出すだろう。それはオーバーキルという意味ではない。カンナの身が持たないためだ。本命の相手は、こんな雑魚ではない。ここで体力を無駄に使っている場合ではないのだ。
カンナ、次のバグルス群が殺到する前に走り出した。カンナも、今の感覚で分かった。この攻撃力を何度も発揮できないと。あんな攻撃を続けて行っていたら、身体がバラバラになる!
そのままガリア防御壁のあった場所を駆け抜けると、なんと今の攻撃で防御壁を打ち消してしまったらしく、素通りだった。
こわごわ崖下より再び上がってきたライバとスティッキィ、その後姿を見て叫ぶ。
「後ろは任せて、やっちゃってええ!!」
カンナが、今度は黒剣ごと右手を上げた。
事実、ざわざわと生き残ったバグルスが集結し始めている……。二人の殺気が、ふくれあがった。
カンナの放った衝撃は、神小島の地下の降神祭式場にも届いた。島がどうのではなく、湖ごとここいら一帯の地盤が揺れたといってよい。現に、揺さぶられた湖水が波立って対岸と島の間で幾重にも反射し、津波となって聖地の街を襲っていた。ばらばらと地下空間の土砂が落ちてきて何本もの大蝋燭の炎が揺らぎ、
「ど、どうしてこの日が知られておるのだ……!」
一同が、簡素な祭壇の前で十字架めいた木杭に縛りつけられて気絶しているデリナを見やる。
「さてはこの子、自分を囮にしたわね」
ガラネルが不敵な笑みを浮かべた。眼は笑っていない。
「それくらいはやってもらわないと、黒衣の参謀とは呼べんわな」
リネットの姿で、ヒチリ=キリアがつぶやいた。ダールたちはみな、気絶したまま縛られているデリナまで儀式用の衣冠束帯と巫女装束と舞踊の衣装が混じったような独特の装束に身を包んでいる。いや、審神者たちも見た目にはあまり変わらないようだが、そのスカーフを何段にも巻きつけたような装束が、儀式用の豪奢なものだ。
再び、小島の地下ごと大地が揺れる。
「ガ、ガラネル殿……」
長老の審神者が涙声で懇願した。
「あなたたちご自慢のバグルスを千体も配置してるんだから、時間は稼げるわよ! さっさと始めなさい!」
「何を云うか! バスクス迎撃を請け負ったのは其方であろう!」
ぎょろ眼がたまらず声をあげ、そのそっ首をガラネルが竜の爪でぶっ飛ばす直前で、ヒチリ=キリアがそれを止めた。
がっくりと腰が抜け、ぎょろ眼が尻もちをつく。
強烈に舌を打ち、ガラネルがその場を後にした。確かに、儀式自体にガラネルは不要なのだ。
「なに、ダールが行うのだ。始まってしまえばすぐにすむ。審神者どもが延々と
ヒチリ=キリアが半笑いで云い放ち、ガラネルはちょっとだけ振り返ってそのリネットの顔を見やった。ヒチリ=キリアが小さくうなずき、ガラネルは地下室を出て行った。
おろおろする六人の審神者たちヘ向かって、先代黄竜のダール、
「さあ、はじめようか」
その目が黄色い光をたたえ、催眠のように審神者たちを照らした。
カンナが湖面を吹き抜ける冷たい風を全身に受け、くねくねと曲がる尾根道を小走りで進む。周囲はほぼ腰ほどの高さの笹薮だが、時折立ち木が生えている。それも、先ほどのカンナの衝撃波でほぼなぎ倒されていた。頑丈な笹も、斜面の陰にかろうじて残っているが衝撃波をまともに受けた側では根こそぎえぐられ、赤土や岩がむき出しに見えている。
そのカンナめがけ、斜面や岩の陰より潜んでいたバグルスが襲撃するが、カンナが何をするでもなく勝手に黒剣が攻撃した。だが、やはり、岬へ近づくにつれガリアが重くなるのが分かった。ガリア封じが厳重になってきている。
(どうしよう……このまま行くか、それとも……)
マレッティたちがガリア封じの仕掛けをもっと破壊してくれるのを待つか。いや……待っている間はないだろう。
笹薮へ何本もの筋がうねるように揺れ、カンナへ近づく。そして頃合いと距離を見計らって大跳躍で跳びかかるが、空中で雷撃に次々に迎撃される。それを囮として地を這うようにカンナへ接近するバグルスも、共鳴のエコーレーダーに捕らえられている。地面を電撃が走り、地雷を踏んだかの如く爆発して黒焦げだ。さらに、黒剣を振り向けるや共鳴が直接バグルスを襲い、身体がひしゃげて脳天が内部より炸裂して死んだ。
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