第644話 第3章 5-3 黒砂糖入りの蒸しパン


 そして、茶菓子である。南方の珍しい果物を干したものだった。ドライフルーツだ。バナナ、マンゴー、パパイアだった。どれもスティッキィは見たことも無い。


 (へえ……)

 スティッキィが珍しそうにその干し果物の切ったものを見つめた。

 「さ、どうぞ。毒など入っておりません」


 長い睫毛を半眼にし、独特の雰囲気でしなを作ってベウリーがうながす。毒味はカンナやライバの役目だったが、カンナへ先に食べさせるわけにはゆかない。むしろスティッキィが毒味役とならねば。


 鼻を鳴らして、スティッキィは楊枝をもつと干しマンゴーを口にした。甘くて驚いた。香りも良い。ウガマールで食べた果物もそうだったが、南の国では果物はとても甘くなるようだ。


 「珍しいでしょう? 正式に宮中へ献上しているのですよ」

 そこへ、この黒いお茶が良く合う。


 「ところで、お三方……聖地へ向かうのでしょう?」

 スティッキィの動きが止まる。披露宴でも同じようなことを云っていた。


 「おそれながら、どこでそれを?」

 「皇太子殿下から」

 絶対にウソだ。スティッキィはそう思ったが、口にも顔にも出さない。


 「私も……連れて行ってくれるよう、殿下へお願いしてほしいのです。私も……私も聖地へ向かわなくては」


 「聖地へは、殿下はよくお出かけになるんですか?」


 「たまにね。御用のあるときだけ……数年に一回、というところ。ディスケル皇帝家は聖地の出身なので、いまも親戚づきあいがございますし」


 「ふうん……」


 良く考えたら、縁戚であるその審神者さにわ一族をディスケル家は滅ぼそうとしている。そんなこと、本当にあり得るのだろうか? もしかしたら、『あの人』や皇帝家に騙されているのではないのか?


 (騙すといっても、どうして? なんのために?)

 答えはひとつだ。カンナを排除するために、罠へ嵌めようとしている。


 スティッキィ、分からなくなってきた。聖地へ行くからとノコノコと着いて行って、そのまま捕縛されるかもしれない。


 そしてそんなスティッキィの内心を見透かすようにして、ベウリーが話を続ける。


 「貴女……どうして私が聖地へ行かなくてはならないのかと、思っておられるでしょう? 答えは簡単です。そちらの下女のライバさん……」


 ライバが、ビクリと肩をふるわせる。スティッキィが振り向き、そして鋭い殺人者の眼をベウリーヘ向けた。既にこちらの手の内をつかんでいるようだ。どこから、どうやってかは分からないが。ベウリーはそんな視線をものともせずに、


 「もう、分かりますでしょう? 私も、デリナ様を救わなくてはなりません。私も、聖地へ行かなくては……」


 その顔が、とした雰囲気から、急にひきしまる。

 「デリナ……を!?」


 スティッキィが、もう一度ライバを見る。ライバはうつむき加減で小刻みに震えていた。


 音を立ててスティッキィが立ち上がる。

 「あんた、ライバに何を云ったのよ!?」

 すぐに武術をたしなむ警護女官が飛んできたが、ベウリーが手で制した。


 「ま、お座りになって……私は敵ではありません。貴女たちも、もうデリナ様を倒そうなどと思っていないはず……ですから、協力してほしいのです」


 「協力……!?」

 スティッキィがまた振り返る。

 「……ライバ、何がどうなってんの!?」

 「落ち着いて、お座りなされ。新しいお菓子とお茶を用意しますから……」


 スティッキィが立ったときに膝が卓へ当たり、茶器が倒れて茶がこぼれていた。下女がすぐに新しいものを用意する。また、ドライフルーツの次に黒砂糖を生地へ練りこんだ茶色い蒸しパンが現れた。


 「グルジュワン特産の黒砂糖ですよ」

 「フン」


 スティッキィが楊枝をつまみ、荒々しく口へ入れた。毒は入ってないようだ。美味しい。


 「カンナちゃんはまだ食べちゃだめよ」

 振り返ってそう云うと、いまにも口へ入れようとしていたカンナが、あわてて止まる。


 「……どうして?」

 「あぶないわねえ……あたしが先に食べるから」

 「やだよ。そんなに食べたいの?」

 「ちがうわよ……」


 その時、ライバが動き、カンナの手から蒸しパンをとると一気に自分の口へつっこんだ。

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