第645話 第3章 5-4 天井裏の殺意

 「ライ……」


 スティッキィやカンナが驚く間もなく、ライバは苦しげに眼をつむってばったりと床へ倒れ、ガクガクと痙攣しはじめた。


 「ラ、ライバ!?」


 カンナが驚愕して立ちつくす。スティッキィが急いで倒れているライバへ寄り、その口へ指を入れる。が、歯を食いしばっていて口が開かない。そうこうしている内にライバ、白目をむいて歯の隙間から茶色い泡を吹きはじめた。


 「あんた、やっぱり!?」


 スティッキィが涙目でベウリーをにらみつける。ベウリーは蒼白となって大きな眼を見開いていた。


 「ち、ちが……私は……何も……には……」

 「!!」


 スティッキィは立ち上がるや、カンナの卓の上を手で薙いで茶器を全て床へぶちまけた。きっと茶の方に毒を盛っていたのだ!


 「ライバ、ライバあ!!」

 ライバが仰け反って唸りだし、スティッキィの悲愴な叫び声が響いた。

 ベウリーが動いた。


 後ろの棚より木のへらのような物を出すや下女へ大量の水を用意するよう云いつけ、スティッキィを押し退けるとライバの傍らへつく。その顔は、先ほどまでとはうってかわった、医者としてのそれだった。


 「おそらくこれは、ホレイサンの毒です。特殊に調合された毒で、我々にも完全な解毒薬はありません。一刻も早く吐かせるしかない!」


 云うや、頑丈な木のへらを無理やりライバの口へこじ入れる。顎と頬をつかんで歯をこじ開けてゆく。


 「手伝って、身体を押さえて!!」


 スティッキィや下女、カンナもライバの手足を押さえつける。ライバは凄まじい力で動き、下女やカンナは弾き飛ばされた。それでも、何度もすがりつく。


 「ライバ、ライバ、しっかりしてちょうだい!!」


 スティッキィが泣き声でわめいた。ベウリーがなんとかライバの前歯をこじ開け、へらをさし入れ、梃子の原理でさらに開けて行く。そしてその隙間へ指をつっこんで、背中を叩いてなんとか先ほど食べたものを吐き出させた。ライバが凄まじい力でまだ噛むので、ベウリーの指から血が出る。


 「ベウリー様!」


 下女たちが叫ぶが、ベウリーは頑として医師の立場を崩さない。次に特殊な医療用の漏斗を用意し、細長い管をライバの喉の奥へ差し入れる。そのまま気道ではなく食道へ管が通ったのを確認すると、大量の水を流しこみはじめた。


 胃がふくらみ、それを押して吐き出させる。それを何度も繰り返した。

 やがて、胃の中をすっかり洗浄するとライバの痙攣がおさまり、呼吸も落ち着いてきた。


 スティッキィもカンナもほっとする。

 「この薬を……」


 ベウリーが最後に印籠に入った丸薬を取り出した。が、やおらスティッキィは裾の下から太股へ装着していた短く加工した細身剣を取り出すと、ベウリーヘつきつけながら掴みかかった。ベウリーが押し倒され、スティッキィはその喉元へ剣の刃をつきつけた。


 下女や警護女官たちも、あまりに一瞬だったので何もできない。

 スティッキィの顔は怒りと憎しみで、完全に暗殺者のそれへなっていた。


 「あんた……いったいどういうつもり……答え如何では、容赦なく喉を掻っ切ってやるわよ……!!」


 「……そ、それは……」


 その、スティッキィに押し倒されていたベウリーの顔が、ギョッとしてひきつった。視線が天井へ移ったのをスティッキィは確認した。


 そして、ベウリーがスティッキィへ腕を伸ばし、抱きしめるようにしてスティッキィを固定した。スティッキィの持つ刃物が自分の首へ押しつけられるのもかまわずに。


 「……な……!?」


 逆に驚いたスティッキィだったが、ベウリーがすごい力で動いて体を入れかえ、スティッキィを組み伏せて自分が上になった。


 そのベウリーの背中へ、ドッ、と何か太いものが突き刺さった。


 アッ、と声があがり、みな、何が起きたか分からなかったが、警護女官はさすがに何者かが放った飛び道具と判断して天井を見上げた。ちょうど天井板が閉められ、何者かが天井裏を移動して立ち去る異様な物音がした。


 「……くせッ……曲者だああーッ!! 出会え、出会えーッ!!」

 後宮は騒然となった。

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