第643話 第3章 5-2 ベウリーの黒茶
「カッ、カ、カンナさん……カンナさんは、デ、デ、デリナ様を……ゆる……」
スティッキィが、軽く顔を歪めて小首をかしげた。きっと、カンナの思考回路は、そういうものではない。許すとか許さないとか、デリナが敵だとか……もう、そういうものではないのだ。
では、なんなのか。
それは、カンナ当人にも分からないのだろう。
きっと、ついこのまえ死闘を演じたレラのことも、いまはもう、怒りや憎しみの感情は何も無いはずだ。あるとしたら「共感」かもしれない。
だから、カンナは大真面目な顔でライバへ問う。
「デリナは、元気にしてる?」
ライバは思わず、両手で顔を覆った。すべての感情が拾われた気分だった。涙があふれ、嗚咽が漏れる。
スティッキィがライバの背中を撫でてやった。
「カ、カンナさん、カンナさん、デ、デリナ様を、デリナ様を救ってください、どうか、どうかこの通りです、お願いします、カンナさん、デリナ様が……聖地で、囚われ……」
涙があふれ、うまく云えなかった。カンナはさらに驚きの顔でライバを見つめていたが、意味は理解した。
「……わかった」
引き締まった顔で、決然と云いきった。
ライバは、思わずカンナを拝んでいた。
そして、スティッキィも覚悟を決める。
「よおおーし、カンナちゃんがそのつもりなら、あたしもやってやろおじゃないのよお! マオン= ランさん!」
「……ハ、ハイ!」
緊張しながらその様子を見つめていたマオン= ランが飛び上がるように返事をする。
「ベウリーに、受けると伝えてください」
マオン=ランは礼をし、さっそく返事を伝えにベウリーの部屋へ向かう。行きがけにライバの表情を盗み見たが、ライバは先ほどまでのカンナへ希望を託す泣き顔から一転、見たこともないほど引き締まった顔で、顔を真っ赤にしていた。
「…………!」
嫌な予感がしつつも、マオン=ランはどうしようもできなかった。
翌日の午後、お茶に一番良い時間に、三人はベウリーの部屋を訪れた。
第二、第三両夫人は離れを与えられており、後宮内のこの長屋の中では、序列第四位のベウリーは最も位が高いことになる。
従って最も日当たりの良い場所に、最も広い部屋を与えられていた。
「とはいえ、あまり日当たりが良くても、本が陽に焼けますので……よろしくはないのです……」
見る者によっては幽玄にも陰気にもとれる一種独特の物憂げな雰囲気で、ベウリーは三人を迎えた。色白な肌や垂れ気味な長いまつ毛の眼、長くストレートな黒髪は美しいが、グルジュワン独特のもったりとした重苦しそうな衣服に埋もれると、どこかチグハグで異様な印象も与えた。
なにより、デリナそっくりだとカンナはびっくりした。思わずライバを見たが、ライバはやけに深刻な顔つきでベウリーをむしろ睨みつけている。
(遠い親戚なのかな……)
そう思いつつ、控えの間へ向かおうとするとベウリーが、
「どうぞ、お付きの方たちもこちらへ。いっしょにお茶をしましょう」
優雅な手つきでそう誘う。
三人は目を合わせ、スティッキィがうなずいたので二人は後ろに控えつつ、同席した。が、さすがに同じ卓にはつかない。すぐ後ろに専用の卓が用意され、そこへ座った。
「ようこそおいでくださいました……」
独特のゆったりとした所作で、手ずからグルジュワンの特産である完全発酵茶を淹れる。岩みたいな真っ黒い塊を小刀でゴリゴリと削り、腐葉土めいたものが広げた紙の上に落ちる。百年前の埃みたいな匂いが漂った。嫌がらせでゴミでも煎じて飲まされるのかと思ったスティッキィが、容赦なく眉をひそめた。
「ご心配は無用です。これは古ければ古いほど高価な発酵茶です。この国では黒茶と分類されるもので、これは特に古く、この同じ重さの
(はあ!?)
スティッキィが驚きと不審で顔をしかめた。これまで色々な姫よりその出身地方の茶をご馳走になったが、これがいちばん強烈だ。
やがて、薄いコーヒーみたいな色の茶が入り、茶器より香りを楽しむと、確かに古い落ち葉みたいな匂いの奥から芳醇な香りが立ち上がってきて、嫌いではない。
(ふうん……)
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