第642話 第3章 5-1 ライバの吐露

 と、十字の廊下の角をすっと曲がる何者かの後ろ姿が目に入った。

 (こんな夜中に、私以外にも御用の人がいたのかしら)


 ご苦労なことだと思い、何とはなく十字へさしかかった際にその後姿をみやると、見覚えがある。


 「……?」

 マオン=ランはそっと後を尾けた。

 その人物はやはり許可証を持っているようで、どんどん廊下を進む。

 (はて、この方向は……?)

 誰の部屋へ向かっているのか?


 マオン= ランは緊張してきた。やがてとある部屋の前で止まった。入り口の燈明に横顔が浮かび上がる。


 深刻な顔をしたライバであった。

 そして、出迎えの下女へ許可証を見せ、するりと部屋の中へ入った。

 マオン=ランが息をのむ。

 その部屋は、グルジュワン出身の後宮姫こうきゅうき、ベウリーの部屋だった。



 5


 それから四日間で、スティッキィは九回、お茶に誘われた。すべて名前もよく覚えていない姫だった。アイナはいなかったので、図面上で関係のない姫の住む部屋をつぶすのには役にたった。もっともまた偽名を使われた可能性もあるので、油断はできない。スケジュール管理はマオン=ランがやってくれた。カンナとライバはつきそいで、この九回は本当に下女の仕事をした。下女と云ってもスティッキィと同じく二人も異邦人であるし、下女同士でも話題となっていたので二人とも忙しかった。主人を待つ間に、控室で同じく安い茶を出され質問攻めとなった。特に、カンナはこちらでも珍しい民族として扱われた。というのも、いわゆるアルビノの白さとも違う、肌理キメが細かく漆喰のように深く濃い独特の白さであったから。


 マオン=ランはあの夜のことをすぐさまスティッキィへ報告しようとも考えたが、見間違いの可能性もあり悩んでいた。スティッキィが忙しいこともあったが、なにせ三人の絆は固いだろうし、そこへ無関係の自分が水を差すかっこうとなり信用を失う恐れがあった。また皇太子妃への報告は定例報告として日時が定められており、まだできていない。


 そして、五日後にベウリーから正式にお茶の誘いがあった。


 マオン=ランはいよいよ焦り、とにかくスティッキィだけでも報告しようとしたが、部屋では常に三人いっしょなのでなかなか云いだせなかった。仕方なくベウリーからの茶の誘いを、そのまま伝えざるを得ない。


 「ふうん。グルジュワンのあいつがね……」


 スティッキィがあの披露宴での不気味な笑みと言葉を思い出す。マオン=ランはチラチラとライバを見たが、ライバは特に変わった様子もない。しかし、スティッキィがいつもと違う眼でライバを見ているのは分かった。


 「ねえライバ、デリナから、あいつのことは聴いてないの?」

 さすがにライバがギョッとして顔を強張らせる。カンナの前で云うか。


 「いいじゃないのよ。最後まで、カンナちゃんを騙しておくつもり!?」

 「だますって、なんのこと?」


 カンナの驚いたような素朴な表情に、ライバの顔が苦悶に歪む。

 「ほら、云っちゃいなさい」


 スティッキィが促す。その目は、ライバのためを思って云っているのが分かる。隠していても、どうしようもない事実なのだ。ここでカンナに否定され、供を断られたところで……勝手についてゆくだけだ。そこまで、覚悟を決めているはずなのだ。


 「カンナさん……」

 ライバがカンナへ向き直り、見つめる。

 「わっ、私は……」


 声が震えてくる。ぐっと息をのんだ。チラリとスティッキィを見ると、しっかりとうなずいてくれる。


 「デリナの、手下なのです」

 「……えぇえ!?」

 若干の間の後、さすがにカンナ、その翠の眼をまん丸にした。


 「カ、カンナさん、待ってください、デリナ様は、デリナ様はもうカンナさんと戦った時のデリナ様では……」


 「デリナは元気なの!?」

 「は?」

 思わぬ言葉に、今度はライバが仰天して硬直した。


 「アーリーの話だと、生きるか死ぬかの状態で竜の国へ帰ったって……そのあとのこともぜんぜん消息を聴かないし……」


 ライバは、自分でもわからない感情で震えてきた。

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