第641話 第3章 4-3 つかのまの団欒

 だがカンナは分かっているのかいないのか、そのことには興味を示さぬ。

 「ねえ、竜の支配のままじゃダメなの……かな?」

 トゥアン=ルゥがやや答えに窮し、


 「……ダメということではありません。が、遠からず竜は滅ぶ運命……このままでは、人は竜と共にゆるやかに滅びましょう。いま、竜神との絆を断ち切り、竜と人の関係を断ち切って、人の支配を生まれ変わらせるのです」


 「よくわかんないけど……」

 うつむいてカンナは頭をかいた。

 「アーリーがやってっていうんなら、やるよ。うん」


 「ううッ……」

両手で口元をおおってカンナを見つめていたスティッキィが嗚咽を漏らした。

 「泣くな、バカ!」


 ライバが小声でその肩を小突く。カンナが泣いていないのに、スティッキィが泣いてどうするのか。


 「……わかってる」


 スティッキィは涙をぬぐいながら、顔を上げた。そんなカンナを、カンナの心を少しでも助けるために、二人は全てを捨ててここにいる。


 「スティッキィが泣くこたあないよ」

 カンナが無理にそう云って笑ったが、笑顔が引きつっていた。


 その笑顔を見て、またぼろぼろとスティッキィの蒼い眼よりとめどなく涙があふれてきた。

 仕方なく泣くに任せ、カンナは話を戻した。


 「あ、あの、それで……わたしは、聖地ってとこに行って何をどうすればいいのかな。その……の蓋を閉めるのに」


 「それは、私めより伝達するものではありません」

 そうなのか。カンナは戸惑ってしばし黙っていたが、

 「じゃ、誰が教えてくれるの? まさか、行ってから自分で調べる……とか……」


 「いえ、それは……」

 トァン=ルゥもある種の戸惑いを見せつつ、

 「おそらく、皇太子殿下より、いずれ……」

 そこまでは分からないという。

 その後、少し世間話をし、三人は退室した。



 部屋へ戻って、スティッキィは精神を落ちつけてお茶を淹れ、三人で飲み、話を整理した。


 「あの……今となっては顔もよく覚えてないんだけど……『あの人』が云ってたのは、このことだったんだろうね」


 カンナの言葉に二人ともうなずく。

 「それにしたって、情報が少なすぎるわよお」


 「皇太子さんが最終的に、カンナさんがどうやって神代の出入り口を封じるのか教えてくれるんだろ」


 「伝達者は皇太子か……」


 スティッキィがうなずく。娼婦の出だ。場合によっては色仕掛けで聴きだすなぞ難ないし、そもそも後宮姫こうきゅうきの立場なので望むところだが、逆にそう簡単に手はつかない。またそんな、手がつくのを待っている時間も無い。


 「大丈夫だって。きっと、向こうもそのつもりだよ。山の上で云ってたじゃないか。『あの人』と、ときたま話をしてるって……そのためにカンナさんを待ってたって。ちゃんと教えてくれるだろうさ」


 「でも、『あの人』と、どうやって話をしてるんだろう?」

 ライバとスティッキィが不安げに首をひねる。

 「わからないことだらけだわあ。本当にちゃんと伝達されるのかしら」

 「いつ、するんだろ? 聖地へ出発する前?」

 「分かりませんね」


 三人は黙ってしまった。

 「まあまあ、お菓子でもどうぞ」


 台所で点心などを蒸したり揚げたりしていたマオン=ランが、盆にのせて出来たてを運んでくる。


 「気分転換には、甘いものがいいですよ」


 干柿を混ぜた小豆餡や胡麻餡の揚げ団子、木の実の蜜固みつがため、甘いもの以外では小さな肉饅頭、春巻、蒸し餃子がよい匂いをさせて並ぶ。


 「おやつじゃないよね」


 毎度、量の多さにライバが苦笑する。じっさい、姫たちは点心を食事代わりにしている者も多い。


 三人で楽しそうに頬張りながら他愛もないおしゃべりに興じる様子を、マオン=ランが目を細めてうれしそうにみつめていた。



 その、夜……。


 皇太子妃のほうの雑務を終え、遅くなったマオン=ランは皇太子妃発行の許可証を手に夜の後宮を歩いていた。夜は燈明に火が入り、廊下を幻想的に照らしている。自身も簡易燈籠を持っていた。夜番の警護女官へいちいち許可証を見せ、マオン=ランは廊下を進んだ。

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