第574話 第3章 4-4 音響の驚異

 レラも、こうなったら剣技どころではない。持っているガリアの力を総動員する。不意を突かれた先日とは異なる。


 後退しながら空気を熱が生じるまで圧縮し、熱風として一気に叩きつける。カンナは音響でそれを弾く。レラの熱風はデリナの黒炎をものともしないカンナの音響防壁に、まるで通じぬ。稲光を発する黒剣に対し、レラの刀も細く青白い稲光を出す。が、稲妻対決ではカンナのほうが圧倒的だ。レラは本来の力である、重力を叩きつけた。


 「げ、ふッう……!」


 とんでもない重さがカンナを戒める。だがそれは、ただの足止めだ。レラはいわゆる「重力レンズ」をカンナの前に作り、自分の弱い稲妻をそれへ集約させた。凸レンズの力で強烈なプラズマ砲と化した青い光線がカンナを襲った。


 「むあああ!」


 カンナ、気合と共に大爆発したが、それはやられたのではない。言語を絶する音響がその攻撃を全て霧散させた。


 ゴオゥア……! 強風が煙や炎を瞬時に吹き飛ばし、二人をむき出しにする。

 「やるねえ、姉貴ィ! アッハハア、そうでなくっちゃ、たぁのしくないよお!」

 レラが狂気的な笑みを浮かべる。ガリアの光を写し、眼が青白く光る。


 「あんたなんか……あんたみたいな妹、知らないっつうの!」

 カンナの眼鏡も、蛍光翡翠に光った。

 「こなくそ!」


 黒剣を振りかざし、カンナの共鳴がレラを再びとらえる。しかし、レラは周囲の重力へ幾重もの波を起こし、その振動を散らしてしまった。


 「同じ手はくわないんだよ!」


 レラが風切り音の轟鳴を従え、刀を大上段に振り上げてカンナめがけ突っこむ。互いにガリアの力を打ち消しあい、やはり最後は純粋な戦いの技術の差になるとレラは悟った。そのためにこの二か月間、血反吐を吐いてきた。空中でどれだけ剣技刀法を遣えるかだが、重力を操作する力だ、足元を固めていくらでも踏ん張れる。


 ドズバア! カンナの放った何重もの轟雷がレラへ集中する。しかしレラが空間ごと重力によってプラズマをひん曲げ、その全てが明後日の方向へ散った。一部は地上に落ちて、もの凄まじい雷鳴が周囲を圧する。広大な神殿敷地内やその周辺の生き物が、我先に逃げ出す。この音は、当然ウガマールや遠くバスマ=リウバ南部王国の北方の都市でも聞こえたという。


 レラの反撃で超巨大低気圧めいた大気の大断層が、気象崩壊がごとき空気の大対流を生じさせ、カンナへ襲いかかった。息をするどころか、普通の人間であれば一撃でひしゃげて肉塊になる風圧だ。


 「音なんかでこれが防げんのかよお! 姉貴イイ!!」


 レラが青光りに発光する目をむき、カンナが歯を食いしばる。気圧差で脳や内蔵をぐちゃぐちゃに破壊されかねない。カンナを中心に共鳴の波が鋭く刃を形成し、膨大な大気流の波へ振動を合わせる。カンナは自然に黒剣を突き出し、その共鳴振動の刃の陰に隠れるようなイメージで、その重力風を避けもせずに真正面から突き刺さった。カンナを呑みこんだ空間をもひしゃげさせる風と重力の波は、そのままアテォレ神殿のカルデラの底を穿ち、土砂を巻き上げながら広大な岩山の壁をも崩して土石流を発生させた。火山が噴火したかのように岩石が崩れ、あわや闘技場まで迫る。その古代コンクリートと花崗岩で建設された闘技場も、二千年を経てますます頑丈にその威容を誇っていたが、これまでのどの神技合かみわざあわせとも比較できない、まるで神々の戦いのようなこの超常の力のぶつかり合いに、既に瓦解を始めていた。


 「ざまあみろ……!」


 レラが息を切らせて、カンナのいた空中を見つめる。さすがにいまの一撃は、ガリアの力を消耗した。


 だが、レラは震撼することになる。


 土砂煙と暗黒風が流れて行ってしまった場所にいたのは、翡翠に眼を光らせて、黒剣を両手で構えて剣先を突き出し、全身を覆う音波と振動波の流れで今の攻撃を切り裂いて、完全に無傷のままやり過ごしたカンナだった。


 「……!」

 さすがのレラ、背筋が凍る。顔が引きった。


 カンナがゆっくりと口を開いた。唸り声……いや、これはガリアの放つ、いつもの音響の塊だ!


 「ウアアアアアア!」

 サイレンのような音が天空に鳴り響く。カンナの反撃!


 バアン、ドオム! 炸裂音と共にカンナが一瞬で飛び出し、距離を詰める。速い! 黒剣が迫って、レラは足元に重力の壁を作り、踏ん張ってその攻撃を黒刀で受け流した。ギャブッツ! 金属をつぶすような音がし、黒刀が黒剣を弾いた瞬間だった。大量の電流と共鳴がレラへ雪崩こむ。

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