第573話 第3章 4-3 開放

 レラがカンナを蹴りつけようとしたので、カンナはその足へ掴みかかって、そのまま起き上がりざまに体重をかけ、レラを押し倒す。レラはバランスを崩しつつ後ろに下がって刀でカンナを叩こうとした。が、それより早く、カンナから共鳴が直接レラへ流れこむ。


 「ギヒィアアアア!」


 自分の悲鳴も聞こえないほど、頭が鳴動に揺れた。眼や耳から血が吹き出そうだ。たまらず左足でカンナを蹴りつけながらふりほどき、距離をとる。どっと崩れ、這うようにカンナから離れる。こんな間接攻撃は、まったく想定していなかった。


 カンナは、北方で戦ったホルポス配下のバグルス・シードリィのように、そんなよろめくレラへ対し、黒剣を向けて固有振動を放った。もうレラは頭を抱え、地面へ転がって悶えた。


 「お、おい、アート、どうなっとる!」


 貴賓席より、思わずムルンベも指揮台のアートを覗いた。アートが、振り向かずにただ左手を上げ、それへ答える。表情を見られたくなかった。思わず、微笑んでいたからだ。


 (成長したな、カンナ)


 まさか、あんなからめ手を使うとはアートも考えていなかった。アーリーが指導し、教導についていたならばどうか分からなかったが、直情傾向で堅物、一本気の、神官長の忠実な僕であるウォラでは、カンナはとうてい教導しきれまい。そう思っていた。


 それが、カンナが自分であのような攻撃をするとは。

 「アート、レラが負けてしまうぞ!」


 ムルンベの声が震えている。ムルンベは想定外の出来事に対し、すぐ動揺する癖がある。肝が小さいというわけではないが、彼もしょせん貴族階級出身のエリートなのだ。叩き上げの神官長とは違う。


 アートはチラリと向こう側の貴賓席で微動だにせず座っている、その神官長を見やった。相変わらず岩みたいなしかめっ面で、を鋭い眼で凝視している。


 そう。

 レラもまた、バスクスである!

 「レラ!」

 アートが、聞こえていようといまいと、かまわず指示を出す。

 「開放しろ!」


 ズガァ! 闘技場の地面がうねり、割れた。重力波が闘技場全体をゆるがし、石造りの建物をバラバラと破壊する。カンナの足元も地震めいて揺れて割れ、カンナは転がった。共鳴振動が途切れる。


 「う、わあッ……」

 カンナは立っていられなかった。

 「カンナ、来るぞ、備えろ!!」


 ウォラのほうを見ると、揺れの中でウォラが懸命にうてなの手すりにしがみつきながら、叫んでいる。スティッキィとライバも抱き合っておののいていた。


 重力が逆転し、割れてはがれた土砂と岩盤が上昇する中へ轟々と風が吹きつけ、砂ぼこりの中に青白く眼が光り、稲妻を発するレラが刀を右に引っ提げてゆっくりと浮かびだしている。


 カンナ、背筋がゾワゾワした。自分もたちまち身体の中から、血液の奥から、魂魄の底の底から、殺意と電流と共鳴がふきあがった!!


 「わああ!」


 バジュゥアア! プラズマが逆巻いて、熱輻射と閃光が圧倒する。ゴロロオオオ……! 周囲を圧倒する雷鳴と重低音がレラの風音を打ち消した。カンナの身体も、レラの反重力に乗って浮きあがる。そして、二人はたちまち見上げるような高さまで上り、闘技場の真上でにらみ合っていたが、機を見て一気にぶつかった!


 グバア! いったんぶつかって互いに弾き返され、バッジュ! 再び激突! ドオッ……! 爆風と、閃光、輻射熱が地上まで容赦なく到達する。ウォラは立ってもいられなくなった。神官長とアートが厳しい顔で天を仰ぐ。スティッキィとライバが震えながらカンナを見守った。ンゴボ川の戦いを遠くから見つめていたが、いまその真下にいる。真下の村はどうなったか、考えないようにした。ムルンベは腰が抜けそうだった。いや、腰が抜けた。椅子に座ったまま、動けない。


 バッ、バウゥ、バツゥッ! グジュア!! バアン!! 空気が圧搾され、これまでの人生のどんな状況でも聴いたことの無い音が炸裂している。プラズマが交差し、重力波が振動波を打ち消し、振動波が重力波を打ち消した。雷紋らいもん黒曜こくよう共鳴剣きょうめいけんは初めて対等の力を持ったガリアである風紋ふうもん黒玻璃くろはり重波刃じゅうはとうと対峙し、悦びにうち震えているようにも思えた。


 「ウウウウ!」


 サイレンめいて音響を発し、カンナがレラへ迫る。レラの凶悪的な風圧をもつ轟風を音響と重雷の刃で切り裂いて、一直線にレラへ向かった。

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