第575話 第3章 4-5 水入り

 「ギャアア!!」


 さすがに悲鳴! レラは、こんな衝撃を食らったのは初めてだった。キギノの稽古でも、こんな苦痛は味わったことはない。全身の神経が掻きむしられ、肉が引き裂かれ、骨が砕け、皮を剥かれた思いだった。ただの一撃で脳天が麻痺し、目がかすむ。これが……これが雷竜の力か。


 レラの眼の光が弱まった。


 もし、カンナの意識が殺意の渦に呑まれてしまっていたら、すかさず黒剣をレラへ叩きつけていたところだが、カンナはクィーカの「レラを助けてあげて」という言葉がまだ胸に残っていた。ここが機会だ。気絶させようと直接もう一度電撃を行うべく、剣を持たない左手を伸ばした。


 その瞬間、レラが顔を怒りにゆがめ、黒刀をカンナへ向けた。それは切りつけたのではなく、牽制だった。体勢や間合い的に切りつけるのは無理があった。が、効果は抜群。驚いたカンナが身をのけぞらせ、伸ばしかけた左手だけがマヌケに突きだされる。


 すかさずレラが刀の柄をカンナの左手の甲へ添え、鍔を合わせて固定するとそれごとその手を両手で掴むや、柄をテコの原理で外側にひねり上げた。すると、勢いよくカンナの左手首から肘にかけてが、逆関節にひねられる!


 メギャア! 防衛本能で左手より稲妻を発する前に、凄い音がしてカンナの左手首と肘が鳴った。痛みにカンナ、声も無い。肩にも激痛! 左肩まできめられた。そのまま、関節のひねられた方向へ体が流れ、仰向けに重心が崩れる。地面だったらそのままひっくり返っていたところだが、カンナが空中でなんとか堪えた。


 そこへ、レラが重力波を伴った前蹴りをカンナの腹へ叩きこんだ。重さが数十倍だ。胃が少しは裂けたか、熱いものが食道を上ってきて、カンナは涙目で血を吐き出した。


 だが、カンナ、そのレラの右足へ黒剣を持った右腕だけですがりつく。レラが恐怖に震えた瞬間、二度目の電撃!!


 「…………!!」


 白い煙を噴き出してレラの意識が遠のいた。煙はすぐさま風に流れる。カンナが三撃めを放とうとした瞬間、レラも負けじとカンナの身体へ重しをかけた。ズッ、とカンナが耐えられずにレラの足からずり落ちる。レラは半分無意識のまま、間合いを取るために逃げ出した。痛みと痺れのため、刀を振り上げる力もない。カンナがすかさず追う!


 半壊しかけている闘技場から、アートやスティッキィたちもその動きを目で追ったが、すぐに視界より消えた。ウォラは移動しようと思ったが、出口が既に崩れていたので動けなかった。アートも足が悪い。


 「ライバ!」


 ウォラが叫ぶ。ライバは瞬間移動でスティッキィと共にウォラのいる場所まで移り、そのまま三人で闘技場の外まで移動した。


 「なんだ、ありゃ、あんなガリア遣いがお付きでいたのか……」

 アートが反対側より驚いて見つめた。

 「おい、アート、お、お前もレラの後を追うんだ!」


 貴賓席からムルンベの声がした。見上げると貴賓席も崩れかけ、ムルンベの姿は見えない。だが、逃げ出さないだけ立派だ。アートは苦笑した。反対側を見ると、偶然にもクーレ神官長の席は無傷で、そのまま座ってこちらを凝視している。


 「誰か、手伝ってくれ!」


 アートが云うや、ムルンベ配下の神官戦士たちが瓦礫をかき分けて現れた。アートへ手を貸し、移動を開始する。


 その表情は、険しい。



 5


 「イッタ、イタッ、イダ、ダ……」


 カンナがあまりの激痛に剣を地面へ刺し、左肩を押さえてうずくまる。レラの後を追ったがあまりの痛さに泣きながら地面へ下りてしまった。左手は、ピクリとも動かなかい。肩から肘、そして手首が痺れるように痛かった。神経もやられたか。こんなダメージは、もしかしたらウガマールを出てから……いや、生れて初めてかもしれない。カンナは気付いていないが、カンナやレラはそのバグルスの細胞融合で常人とはかけ離れた頑丈さと快復力を持っている。こんなケガも、調整槽ならばほぼ一日で治るし、放っておいても数日で治りはする。ただ、安静が最低条件だ。


 レラは、あのままどこかへ行ってしまった。カンナは周囲を見渡し、気休めだろうとどこか隠れるところを捜した。少なくとも、この痛みが多少でも治まるのを待たなくては戦いにならない。それはレラにも快復の時間を与えることになるが、仕方がないだろう。

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