第568話 第3章 3-5 轟鳴の滅殺者
「…………」
少女だった肉塊が後ろに倒れ、大きく足を踏み出した中腰の姿勢から、レラは重心を一寸もずらさずに立ち上がった。地面のあちこちに、真っ赤な血の池が広がっている。ガリアを消したレラが、半眼に紅潮した荒い息で手についた血のりを見つめ、やがて小刻みに震えながらべろりとなめた。太陽が直上より照りつけている。ゴクリと血を唾とまぜあわせて飲みこむと、レラはその太陽めがけて再び飛び上がった。ガリアが重力を打ち消し、レラを浮かびあげるや、周囲を風が逆巻き、空戦竜よりも速く推進力を得る。
そのままアテォレ神殿へ向かうと思いきや、レラは二つ目の集落を探し、むしろやや遠ざかった。驚異的な視力がガリアの力で発現し、上空から的確に密林の中の集落を発見する。視界の隅にはトトモスの街も見える。レラはトトモスを襲いたい衝動に駆られたが、あそこを刀だけで襲っていたらさすがに明日の朝一番に行われる
レラは視線をトトモスから外し、次の集落へ向けて高度を下げた。真っ逆さまに密林へ向けて轟音が落ちる。レラは、視界の中へ、ウガマールもとらえた。
「…………!!」
いつか、あの街をこの力で滅ぼす。
神官どもは皆殺しにする。
住民はついでに殺す。
滅殺……滅殺してやるんだ!
レラは、そう誓っている。
それだけが、いまレラが生きる望みだった。
だが、今はその機をうかがうためにも、カンナに勝たなくてはならない!
竜巻の音がした時点で、やはりその集落も人々は動揺しはじめた。このところ噂に聞く、現世に顕現した悪い竜神がついに来たのではないか!?
しかし、この先ほどレラが滅ぼした集落に比べると三倍ほどもある大きな村は、既に対策を打っていた。この村は川辺で砂金を採ることを生業としており、強盗避けのために南部王国から三人の竜騎兵を雇っている。空戦竜も三頭いる。しかも金に物を云わせ、南部王国では最高級の戦士であるガリア遣いをも雇っていた。その数は八人に及ぶ。広大な南部バスマ=リウバ王国全土より集められた、様々な南方人種の凄腕ガリア遣いたちは、普段は南部王国で竜を退治し、または狩っている。かの国で竜を退治することは最高の栄誉であり、竜騎兵とガリア遣いを兼ねる者はさらに地位が高い。
その村は南部系の人種が主な住人で、普段からウガマールより南部王国とのつながりが強かったため、そういう芸当ができるのだった。
ビョオビョオと風が唸る音が逆落としに迫ってきて、村人は所定の避難場所へ逃げまどい、傭兵たちは訓練通りに南部王国語で喚きながら出撃の準備を始めた。竜へ飛び乗り、迎撃機よろしく空戦竜が待機場よりこちらも独特の轟音を立てて飛び立つ。ガリアという概念がウガマールより伝わったため、バスマ=リウバでもガリア遣いのことをガリ・ヌスといい、意味はガリア遣いそのままなので、ここではガリア遣いで通す。
「なんだ?」
レラは村から竜が出てきたので一瞬、虚を突かれたが、むしろ殺意が増した。生意気だからだ。
「ウウウアアアア!!」
竜巻がふくれあがり、轟鳴が空間を歪ませる。推進翼の爆音すら押しつぶして、レラの突風が一直線に迫る三頭の竜を襲った。通常の羽ばたきによる飛翔をする種の竜であればとても耐えられないほどの突風だったが、空戦竜はその飛行メカニズムでこの程度の突風は風に乗ってむしろ一気に方向転換をする。素早く風を避け、レラを大きく回りこんだ。
「うっ……!」
三方向に分かれ、急旋回でレラへ狙いをつける南部王国の竜騎兵たち。かなりの腕前だ。その嘴が開き、岩石をも
ズダダダダ……! 機銃掃射めいたその攻撃を、しかし、レラは真の力を開放し、難なく対処した。すなわち、重力波が風と空間をゆがめ、火炎弾はレラの手前で明後日の方角へ曲がってしまう。
「なんだ、ありゃあ!」
竜騎兵たちはバウマ=リウバの共通語で、顔を驚愕に引きつらせた。思い切り手綱を引き、竜の身体を傾かせ、旋回して遠ざかる。
その竜たちが、いきなり失速した。
元より重力を揚力で克服している生き物だ。その揚力を生み出すのは、云うまでも無く空気の流れ……風である。風を操るレラの力がその翼の周囲の風を無にしてしまう。竜の翼は風をつかめず、揚力の消えた翼を無慈悲な重力がとらえた。
さらに、空気の波動に通じ重力そのものを操るレラである。
錐もみして落ちる竜たちはどんどん速度を増して、まるで地面へ向かって自殺飛行しているがごとくそのまま樹冠の中へ消えた。
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