第541話 第2章 5-2 カンナの守護者たち

 そして、二階の一室へ迷いも淀みも無く瞬間移動した。


 そこは無人の部屋で、真っ暗だった。少し窓を開け、星明りを入れる。元よりスティッキィは闇を操るガリアの力で、暗闇でも自由に物が見える。部屋のドアを内側より少し開けて外の様子を伺う。燭台に椰子油の灯籠が置いてある通路には、誰もいない。外の警備は厳重だが、中はまったくだ。こういう建物は、暗殺にはうってつけだが、今は暗殺が目的ではない。スティッキィがまず通路に出て、ライバも続く。二人は腰を低くして屈むように素早く移動し、一部屋一部屋、中を伺う。三階の明かりの漏れている部屋は、中に人の気配がし、何語か分からない呪文のような声が響いている。まるでラズィンバーグでの邪教集団を思い出し、スティッキィは身震いした。次の部屋では、中よりウガマール語が聴こえたが、何を云っているのかまでは、二人の語学力では分からなかった。かなり難しい話をしている。


 二人は二階へおりてみた。

 二階も同じような造りだった。一つ一つ、部屋を伺ってゆく。


 最初の部屋からは雑談のような声が聞こえた。あまり、重要な話では無かったので次の部屋へ。心なしか、扉が大きく立派だった。地位のある者の部屋だろうか。


 「……!」


 その部屋の前で、スティッキィは口に手を当て、より慎重に中の様子を探る。ライバも耳をすませる。


 「……はい、準備は着々と。諸事万端ととのえてございます」

 ウォラの声!!

 二人は興奮した。

 部屋の中には、もう一人いるようだった。


 どうも、しっかりと声の芯が通っているが、かなりの老年に聴こえる。

 「それで、カンナの調子はどうだ」

 当たりだ。ライバとスティッキィが拳を打ち合う。


 「はい。よくねむっております」

 「この調整が最後となる。この調整で勝負がきまる」

 「やはり、一年の旅のあいだに……」


 「かなり、狂っていた。しかし、力はまさに数倍増しているぞ。やはり旅へ出して正解だった……」


 老人の声は、嬉しそうに含み笑いをたたえている。

 カンナは、どこで眠っているというのか?

 会いたい。

 会わなくてはならない。


 ウォラがいるのなら、なんとか居場所を話してもらえないものか。

 だが、ここで焦りは禁物だ。

 二人は素人ではない。

 いったん引くことにした。


 静かに気配を消しつつ、隣の建物の屋根へ瞬間移動し……たつもりが、やはり興奮して感覚が狂っていたのだろう。目測を見誤って、ライバ、あと一足たりず空中に出現した。


 「……ヒャッ!!」


 いきなり落下してスティッキィも肝を冷やす。たまらずライバは、また瞬間移動で地面へ下りた。そこが、衛兵の真ん前だった。


 「わあっ!!」


 いきなり人間が二人、目の前に出現したのだから、衛兵は腰を抜かさんばかりに大声をあげ、腰を抜かしそうになったが、そこはさすが奥院宮おくいんのみやの警護を任されている強者だ。槍をつきつけ、


 「何者か!!」

 と誰何。すぐさま、周囲の兵士たちも集まってくる。が、そのときにはライバはスティッキィをつかみ、また消えてしまった。


 奥院宮は騒然となった。

 当たり前だ。

 が、ウォラとクーレ神官長は冷静だった。


 「ムルンベの手の者が、あのようなヘマをするはずがない。まして、この重要な時に……いま、わしがここにおるのにカンナを襲って、何の意味があろうか」


 で、ある。

 「御意」

 窓より眼下で右往左往する松明を見やって、ライバはしかし、笑っていた。

 「と、なると、味方かな?」

 背後で、神官長も笑っていた。

 ウォラは振り返り、

 「ええ。頼もしい、味方です。カンナの、重要な守護者となるでしょう」

 「そうか」


 神官長が立ち上がり、老眼鏡を外した。背が高く、険しさの中に深い知性と思考と、どこかしら狂気をもをかいま見せる、皺の刻まれた見るからに威厳のある風貌をしている。最高位の神官のみが着ることを許される金と黒と臙脂色の法務ローブを身にまとい、退室した。ウォラが最敬礼でそれを見送った。

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