第542話 第2章 5-3 秘密施設

 「早く、早く塀の外に出なさいよお!」


 スティッキィが急かすが、塀といっても、奥院宮おくいんのみやは三ルット四方もあるのだから、中心部から最も近い塀とて、半ルットはある。ライバの移動距離は、一回に五百キュルトていどだ。直線距離で三十回は跳ぶ計算になる。まして、ライバは焦って方向感覚を失っていた。暗がりから暗がりへとにかく移動するが、三千人を数える奥院宮の神官戦士たちはこういうときにどういう動きをすれば賊を囲いこめるかを周到に訓練しているようで、跳ぶ先々にまるで先回りしているかのように兵士がいた。


 「どうなってるんだ!?」


 こうなるとライバも恐慌をきたす。塀へ向かっているようで、ぐるぐると遠回りに奥院宮の中心に向かってしまった。中心には大通りがあり、そこを通り越して反対側へ進む。そして、あまり大きくはないが、奥院宮内でもさらにひときわ高い塀に囲まれた施設の敷地内へ入っていた。


 塀の内側で、息を整える。

 松明も無く、施設は漆黒におおわれていた。

 塀の外を声と足音がする。


 どう聴いても施設を囲っている。まさか、ここにいることが分かっているというのか?

 二人は耳をそばだてた。

 「……様をお護りしろ!」


 厳重な門が開けられ、塀の内側へ臨検の兵士が松明をもってどやどやと入ってきたので、二人は思わず建物の中に瞬間移動した。真っ暗な通路へ投げ出され、壁へ当たって、床へ落ちて転がる。結構な高さだった。こういうのを何度も繰り返し、二人は既に擦り傷やコブだらけだ。


 「イっタぁ……」


 スティッキィが腰をさすった。ライバのガリアの力は、空間の中へしか移動しないので、壁などの固形物へめりこむという現象は発生しない。だが、その反面、目測を誤り、手前へ現れるか勢い余って壁へ激突することはある。まして、このように暗闇の中へ適当につっこむと、何と衝突するかわからない。


 細い鉄格子のはまっている小窓の隙間に松明の明かりと兵士たちの声や物音がしたので、二人は小窓の下へ身を寄せ、息をひそめた。


 「建物の中はあらためますか?」


 「いや、いい。我々の誰もここへ入ることは許されない。周囲を囲め。一歩も近づけさせるな!」


 返事をし、兵たちの足音がザクザクと行き違うのが分かった。よほどの重要施設のようだ。


 二人が小窓を見上げた。兵士の足音が窓のすぐそばで聞こえる。小窓は地面に近いようだ。すると、この通路は半地下か。


 ガリアの力で闇を見渡せるスティッキィがライバの手を引き、通路を進む。建物は、見た目は変哲もない四階建の石造りの真四角で質素、むしろ何の特徴も無い倉庫のようなものだが、中はちょっと異様だった。通路は短く、すぐに突き当たる。突き当たった先は行き止まりで、扉も何もない。通路にはふつう燭台があり、明かりをつける構造になっているが、ここにはそれもない。夜は、無人が前提になっている。


 通路を戻るが、玄関にでも行き当たると思いきや、途中で曲がって部屋に突き当たる。ライバが慎重に扉の向こうへ移動する。扉一枚を移動しようと思ったのだ。が、跳ね返って突き飛ばされ、二人は元の場所に尻もちをついた。


 「痛いじゃないのよお……」

 思わずスティッキィの恨み節。そして手で口を押える。小窓が近い。

 「おい、こいつ、偽扉にせとびらだ」

 ライバが闇の中、扉を触ってささやいた。

 「どういうこと?」


 「ここは通路じゃなくて、何か目的があって作られ、閉鎖された空間だ。建物内部を後で改造したのかもしれないけど」


 「じゃ、どこから出入りするのよお」

 「どこからも出入りしない……できない空間だよ」

 「何のためにそんなものを?」

 「知らないな」


 それもそうだろう。スティッキィは、兵たちがいなくなってから地面の上へ戻るのだろうと思い、壁際へ座りこんで休むことにした。が、ライバは闇の中を壁へ手を当てながら、何かを調べている。


 「なにやってんのお? 汚れるわよお?」

 ライバは、移動の力を応用し、少しづつ壁の奥に空間が無いか調べていた。

 そして、ある場所で、


 「スティッキィ、ここだ。ずいぶんと壁は厚いけど……この壁の奥は部屋があるみたいだよ。行ってみよう」

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