第523話 第1章 4-3 南部竜

 「な、なんなのお!?」

 「……南部の密林王国から、助っ人の竜騎兵ガルドゥーンを呼んだようだ」

 「へえぇ!?」

 スティッキィが、素っ頓狂な声を発した。

 「世界の奥地にも、おんなじようなのがいるもんねえ」


 そのとき、もう一度、ブオオオオン……!! という、不思議な音が頭上を通りすぎる。竜にしては移動が速いし、なにより、聴き知っている竜の翼音ではない。


 「あれがバスマ=リウバ王国の竜だ!」


 ウォラが走る。そのまま階段を下り、ホテルのロビーへ出た。三人が生きており支配人は魂消たまげたが、なにより南部大陸の見たこともない竜の出現に、それどころではない。ロビーは宿泊客でごった返している。


 三人は無視して、外へ出る。


 街の街路灯の松明と月明かりにまず飛びこんできたのは、建物の奥で鎌首を掲げる巨大な竜だった。しかし、北部大陸……すなわちサティラウトウ文化圏とディスケル=スタルの竜とはまったく品種の異なる、竜ともいえぬ竜だ。その姿はまるで巨大なムカデであり、足は短い鉤爪が両脇から何対も生えていて、節だった身体は外骨格状に発達した鱗と甲羅に支えられている。頭部はより硬質で平べったくひろがり、土中を掘り進むシャベル状。およそ虫としか思えぬ外見だが、竜なのだ。


 南部王国の主戦竜の一種であり、その名の通り百足竜むかでりゅうである。

 その頭というか、首の上に、手綱を握った人が乗っているのが遠目にも影でわかった。

 そして、もう一種。


 頭上を凄まじい速度で何度も往き来する竜。通りすぎるたびに、羽音が低く変化する。ドップラー効果がおきるほどの速度ということだった。大きく硬質な、戦端の丸く尖った板めいた翼がほぼ身体より直角に突き出た胴と尾の短い身体が、轟音と主に旋回する。轟音の正体は、本来の小さな翼が蜂鳥ハチドリめいて秒速に動き推進力を出すその音であり、硬質な前翼は、正確には翼ではなく竜の背びれと刺が変化して生じた疑翼ぎよくだ。これが揚力を生む。つまり、カブトムシなどの甲虫が飛ぶのと同じ原理であり、固定翼へ推進力を生む猛烈な風を送り、我々の世界でいうレシプロ飛行機がごとく、生き物とは思えぬ速度で飛行する竜が南部王国に存在する。


 これも、バスマ=リウバの主戦竜の一種、空戦竜くうせんりゅうである。空力的に優れているのは、北部主戦竜の吹雪飛竜のように頑丈な頭から首にかけて垂直尾翼の代わりをする角が薄く板状に変化した硬質なトサカがあることだ。


 それが、二頭いた。互いに旋回して、ラクトゥスの上空を威圧している。


 と、猛烈な火炎の色が夜空に映った。百足竜が火の塊を吐きつけて、それが燃焼爆発して火柱をあげたのだ。火の成分も異なるものか、漆喰の壁に板屋根の家屋一件が、爆発してふきとんだ。火の玉ひとつひとつが、燃え上がるのではなく強烈に爆発する。そのたびに、人々の悲鳴や怒号が轟いた。


 さらに、上空から空戦竜が同じく火の玉を吐くが、細かい火炎弾がまるで火の雨となって一列に降り注ぐ。その一つ一つが、小爆発を起こして、建物の壁すら貫通し、街を火の海にして行く。


 「だれか、だれかガリア遣いは!」


 人々が懸命に叫ぶが、さしものサラティスのモクスルやコーヴも、見たこともない竜にたじろぎ、誰も応戦しようとしなかった。


 ウォラも躊躇する。彼女は、自らガリアをふるって戦うガリア遣いではない。また、いま周囲にいるガリア遣いで、おそらくあの竜をほふる力を持っているのはカンナだけだ。が、


 (果たして、私の力でカンナを正確に写しきれるのか……?)


 あまりに大きな力を写そうとして、もしかしたら自身やカンナへ悪影響があるかもしれない。自分のガリアが壊れるか……写しきれずにあふれた力がカンナへ跳ね返らないか……まったく予想がつかない。


 そのとき、空戦竜がホテルの正面に出ていた人々めがけ、夜空に発光器の軌跡をもって大きく弧を描いて迫った。


 なにせ、独特の轟音が凄い。ブオアアアアアン……! 音におののき、いっせいにホテルの中へ客らが戻った。そこへ、カンナが走り出る。表の通りを駆け、竜を引きつける。


 カルマの出番だ!

 「カンナちゃん!!」

 スティッキィが後を追った。

 「待て、スティッキィ!」


 と、ウォラが止めたが、スティッキィは無視して行ってしまう。ウォラは、カンナの邪魔になるだろうと思って止めたのだが。仕方なく、ウォラもつかず離れず、後を追う。

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