第522話 第1章 4-2 熱帯夜よりの暗殺者

 ホテルの裏口を、コツコツと叩く音がして、ドアが開いた。開けたのは、支配人であった。月明かりに素早く滑りこんだのは、ウガマール人の女性三人組だった。褐色肌に目鼻だちのくっきりとした、濃い黒髪の典型的なウガマール人が二人と、一人はウォラと同じく南部王国人かその系統のウガマール人で、もっと濃い土色をした赤褐色の肌に、波うった黒髪をまとめ、厚ぼったい顔の造りをしている。女性であるからには、ガリア遣いと観るのが打倒だろう。


 暗殺者だ。

 三人を暗殺しようというのだから、ムルンベ大密神官より派遣された暗殺者だ。

 そして、支配人も、既に反神官長派から買収されていた!

 三人は音もなく最上階へあがり、合鍵をもらって、それぞれの部屋へ忍びこんだ。


 ウォラの部屋へ忍んだ一人は、たまたまだが、同じ南部王国人種同士の戦いとなった。窓より月光の差しこむ中、静かに寝息をたてているウォラへ近づき、その古代ナイフのガリアを逆手にかざす。ナイフは蛇の牙めいて細く湾曲し、漆黒の液体に黒々と光って、滴が垂れていた。猛毒のガリアだ。かすっただけで血液や細胞の蛋白質が溶解して破壊され、死に至る。ウガマールから南部王国にかけて広がる密林に生息する、超猛毒の蛇毒と同じ毒をもっている。


 その暗殺者の前に、突如として自分と同じ姿が現れたので、ぎょっとして立ちすくんだ。


 云うまでもなく、ウォラのガリア「黒檀縁こくたんぶち蔓草柄つるくさがら現身うつしみ銀大鏡ぎんおおかがみ」が現れ、暗殺者をそのガリアの力で写し取った。


 つまり、暗殺者と瓜二つの人物が、その鏡の中より出現した。これが、ウォラのガリアの力であるが、本当の恐ろしさはここからだ。二人はまったくの同等の力と思考であるので、もしかしたら同士討ち、あるいは、運によっては敵が勝つかもしれない。


 そして、この暗殺者は報告により、これがウォラのガリアと知っている。先手必勝で襲いかかろうとしたそのとき……なんと、やおら、後ろから羽交い締めにされた。


 「な……」

 いったい何者かと思いきや、

 「残念だったね」


 と後ろから、自分とよく似た口調。そこでこの暗殺者は全てを悟り、絶望した。そう、ウォラのガリアは、複数の分身を作ることができる……。


 前にいる分身が、心臓めがけ、その毒牙を振り下ろした。


 一撃で心臓に刃が達し、その毒が心臓の大半を溶解させ、一撃で即死した。すると、前と後ろの分身も、消えた。支えがなくなり、暗殺者は、どっと床へ崩れた。


 「やれやれ……」

 ガリアである大鏡を消して、ウォラが起き上がった。死体の始末をしなくてはならない。

 そのとき、轟音が屋内に轟き、振動で貴重な板ガラスの窓が割れる。

 いうまでもなく、カンナの雷鳴だった。


 自分の音で飛び起きたカンナが、あわててメガネをとって目にしたのは、人知を超えた力に打ち据えられ、半身が炭化し、右膝から下がぼっきりと折れて、ばったりと倒れた、なんのガリアを遣うのかもしれぬ暗殺者だった。無意識でガリアが……黒剣が発動したのだろう。


 割れた窓より風が吹きこみ、身震いした。

 焼け焦げた肉の匂いがした。


 残るはスティッキィだが、元より闇にまぎれるストゥーリアの泣く子も黙る「メスト」を暗殺しようというのだから、よい度胸だった。部屋に入ったその瞬間に、脳天へ闇星あんせいが突き刺さって、三人の中で、最も殺されるまでの時間が少なかった。


 「ちょっと、どおなってんのよお!?」


 死体を跨ぎ、下着姿のままスティッキィが廊下へ出る。そのまま轟音のしたカンナの部屋へとびこんだ。


 「カンナちゃん、無事い!? ……だとは思うけど」


 カンナはベッドから出て、暗がりの中でもたもたと服を着ていた。寒いのと、敵がきたと判断したから。


 そこへ、旅装束を整えたウォラも現れる。

 「スティッキィも支度を。ここを出るぞ」

 「なんなのよお!?」

 「どうやら、ラクトゥスの主要な各所へ、ムルンベの手がのびていたようだ」


 声にならない悪態をつき、急いで自室へ戻ると、スティッキィもあわただしく服を着て、装備を整える。そして三人が真っ暗な廊下へ集合したとき、突如として、これまで聴いたことのない不思議な轟音が空をつんざいた。


 スティッキィとカンナは初めて聴いた音なので、驚いて身をすくめたが、ウォラはその音の正体を知っていたので、歯ぎしりする。

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