第524話 第1章 4-4 夜戦

 この深夜に、上空から地上を逃げる少女を発見した竜と南部王国の竜騎兵ガルドゥーンは、夜間飛行と夜間戦闘の訓練を受けた特殊兵だった。なにせ、バスマ=リウバは密林や大草原で狩りを得意とする人種の集まりである。視力がサティラウトウ人の数倍あると評判で、星明りのみで夜でも昼のように明るく見える者までいるという。


 つまり、懸命に逃げる少女が、その微細に光を反射する独特の黒髪や、振り向く顔の石灰めいて白い肌に、目標であるバスクスであるともすぐに看破する。その力も聞き及んでいた。反撃される前に、一撃で仕留めなくてはならない。また、一撃離脱戦法で、たとえ失敗しても一気にガリアの効果範囲外に逃れる訓練も積んだ。


 空戦竜の尖ったくちばし状の口が開き、火炎弾が連続して吐き出される。あまりに高速なためか、カカカカッ! と空気を裂く音がして、それが石畳みをえぐりながらズダダダダッ! と機銃掃射めいて通りへ着弾し、一直線にカンナを襲った。いかな強力なガリアだろうと、それを遣う人間の反応速度をはるかに超えた攻撃で、優位に立つ!


 しかし、残念ながら、カンナはそれすら超えた存在だった。人知を超えている。

 「うあああ!」


 遮二無二、振り返るときにただ右手の黒剣を振りまわしたかに見えたが、凶悪的な音響弾が、対空砲として発射された。


 ド、ドン! 空気の歪みが凄まじい速度で宙を突き進み、火炎弾をはじきながら渦を巻いて竜へ直撃する。この竜は飛行速度が段違いな反面、その翼の構造上、その場でのしなやかな反転ができない。


 ボギャア! 衝撃波をまともに食らってくの字にひしゃげ、片翼が折れ、血を噴き出して竜が回転し、錐もみしながら荷役倉庫の屋根へ突き刺さって落ちる。共に乗っていた竜騎兵も、吹き飛ばされてどこかへ落ちた。即死だろう。


 それを認めたもう一頭の空戦竜、推進翼の羽ばたきを一時止め、無音となり、前翼の付根の関節を駆使して翼の角度を微妙に調整しながら、滑空でカンナへ回りこむ。接近を気取られないようにする作戦だが、無駄だ。黒剣の共鳴が、対空レーダーめいて竜をとらえる。


 必死に逃げるカンナの死角より接近し、必殺の火炎弾をお見舞いせんとした瞬間、ズシュバアア! 忽然として落雷が襲い、感電して爆発し、一瞬遅れて雷鳴が轟いたころには、煙と火を噴いて家屋に墜落した。


 たちまち、南部王国の誇る竜騎兵を倒した!


 残るは、塔のように巨大な百足竜だ。これは主戦竜でも、大王火竜や氷河竜、大海坊主竜に匹敵する、超主戦竜級である。


 どうするか。

 「カ、カンナちゃん!」

 「スティッキィ!」

 「やっと追いついた……」

 「危ないから、離れてて」

 「いやよお! あたしを踏み台にしてもいいから! もう、おいてかないで!」

 カンナ、びっくりして、泣きそうなスティッキィを見つめる。

 「……わかった。あの気持ち悪いの、どうすれば?」


 ついてきてよいと云われ、歓喜に顔をほころばせつつ、どうすればと問われると、竜など退治したことのないスティッキィ、返す言葉がない。狼狽していると、


 「やっぱり、ただひっついてくだけじゃ、だめだよ、ステッキィ。カンナさんには、優れた参謀が必要だ」


 聞いた声がする。

 「ライバ!」

 暗がりより現れたライバを見やり、カンナがまた驚いた。

 「どこ行ってたの!?」

 「ええ、いや、ま……」

 「晩ごはん、食べきれなかったんだから!」

 いま、この状況で、そこなのか。ライバが、ふき出して笑った。


 何が笑われているのか、カンナが困惑する。スティッキィは頬を引きつらせ、つきあって笑いながらも、とうぜん視線は厳しい。ライバがそんな視線に気づき、眼を合わせたので、スティッキィはカンナより少し離れた場所へライバを引っ張って、


 「ちょっとあんた、どういうつもりよッ!!」

 潜み声ながら、いまにも首を絞めそうな勢いだ。

 「覚悟を決めたよ、スティッキィ。今ので分かったし」

 「なにが」


 「カンナさんには、私が必要だ。『黒衣の参謀』仕込みの権謀術中を駆使する私がね……そっちで役に立つよ。そして、どこまでもついて行く!」


 その決然とした声と瞳、握りしめてつきだした拳に、スティッキィもにやりと笑う。

 「それじゃあ、お手並み拝見といこうじゃないのよお」

 云いつつ、その右拳を、同じく右手で、がっしりと握った。

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