第504話 第3章 5-2 ガラネル無残

 「ま、まずい……」


 パオン=ミ、倒れて呻くスティッキィを助け起こすと、腰を抱えるようにして歩かせ、とにかく逃げた。しかし、スティッキィの足が動かない。半ば引きずる。


 「あ……あたしはいいから……行って……!!」

 スティッキィがパオン=ミの手を振り払った。

 「たわけ!」


 その額へ呪符を一枚、張り付ける。がっくりとスティッキィが気を失った。

 そして、竜笛りゅうてきを吹く。どうか、聴こえてくれと、願いながら。

 すぐさま、森の中からスーリーが駆け寄ってきた。待機していたのだ!

 「スーリー!!」


 我が竜ながら、パオン=ミは有り難さで泣きそうになった。だが泣いている場合ではない。すぐさまその背中へよじ登る。スティッキィはスーリーがその腕へ抱え、一気に飛び立った。


 漆黒の闇夜に、天地が分からなくなる。しかし、眼下にカンナの光り輝く電磁の化身となった姿が見える。稲妻が地面から沸き上がっている。それに、泰山鳴動がごとく、波動を伴って揺らいでいる。カンナの共鳴だ。スーリーが嫌がって、たちまち遠ざかる。


 この共鳴を間近でくらっているのでは、たとえガラネルといえど、ただではすむまい。

 勝負は、一撃だ。


 カンナの雄叫びが、碧竜へきりゅうの咆哮が、共鳴となってガラネルへ集中する。ガラネルは全身の細胞が揺さぶられ、バラバラになりそうな錯覚に襲われた。現に、カンナの前に立ちふさがったギロアとブーランジュウは、その共鳴をまともに受けて、粉々に砕け散り土へ返った。


 だが一瞬でも時間を稼いだ。


 カンナが霹靂へきれきを黒剣へ収斂し、それを八相ぎみに掲げてガラネルへ突進したが、ガラネルも額と後頭部より細く長い錐めいた角を三本、突き出し、それが赤く明滅して、赤い光の帯を噴出した。それは、ガリア封じの波動だった! 自らのガリアですら封じられる!


 「カンナアアア!!」


 竜の牙を咬みしめ、ガラネルの眼が紫色に発光する。赤い絹のベールのような光の帯が流れ、カンナの稲妻を次々に消滅させる。そして共鳴も急速に中和されてゆく。赤い光に囲まれたカンナは、ただ黒剣を構えているだけだったが、黒剣は、どうやっても消すことができない!


 ガラネルが焦る。先ほどは、封じられたのに!?

 「うああああああ!!」

 黒剣のエッジが鋭く光った。

 カンナの眼も、蛍光翡翠に輝く。

 その瞳が、竜めいてキュッと縦に細くなった。


 ガラネルは格闘で迎え撃とうと竜の爪をむき出しにした両手を掲げて構えた。とたん、共鳴が全身をとらえ、金縛りにあったように硬直する。


 「…………!!」

 動けぬ。

 カンナが、黒剣が迫る。


 万歳めいたその左脇へ、黒剣が……雷紋らいもん黒曜こくよう共鳴剣きょうめいけんが滑らかに食いこんだ。出来立ての瑞々しいチーズのようにたやすくガラネルは鈍角で袈裟に両断され、剣身が反対側の腰腹部あたりより抜け出た。血と臓物を吹き出して、ガラネルは音もなく地面へ転がった。


 「あ……ぐ……!!」

 それでも、ガラネルめ、上半身だけで這いずり、カンナより遠ざかろうとする。

 その背中へ、カンナは豪快に黒剣を両手の逆手持ちで突き立てた。

 剣先は地面まで達し、何度も電撃がほとばしって、ガラネルの心臓を止める。


 荒く息をついてカンナ、煙を上げて動かなくなったガラネルより剣を引き抜くと、よろめくように、後ずさった。


 スーリーが下りてくる。



 「カンナちゃああん!」

 眼を覚ましたスティッキィが、半泣きになって駆け寄り、カンナへ抱きついた。

 カンナは虚空を見つめていたが、やがてスティッキィをやさしく抱き返した。


 パオン=ミがほっと息をつき安堵しつつ、慎重に周囲を確かめる。動く死体も、バグルスも、あまつさえアトギリス=ハーンウルムの竜すらいない。


 遠くまでは暗くて見えないが、村は壊滅しているだろう。あの様子では、生存者もいないと推測された。ユホ族は、ガラネルに殺されつくしたとえいるだろう。村ごと、生贄にされたということだ。


 そして、地面へ横たわるガラネルの死体を見やる。用心のため火炎弾を八つだし、宙へ浮かばせたまま、ゆっくりと近づいた。


 火炎の明かりに赤く照らされるガラネルの死体。

 屈んで、パオン=ミはうつ伏せとなっている上半身を、ひっくり返した。

 そして、息をのむ。

 「こ……れ、は……!!」

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