第503話 第3章 5-1 カンナ復活

 よろめくスティッキィめがけ、スカートをひるがえし、なんとガラネルが身を沈めて目にもとまらぬ回し蹴りぎみの独特な前蹴りを見舞う。ディスケル=スタル全域で独自に発達した、何十種類も流派のある戦闘体術であるうちのひとつで、アトギリス=ハーンウルムの伝統武術の一種、心把しんぱ竜合拳りゅうごうけんの蹴り技だ。これらは、様々な種類が長い時間をかけてストゥーリアへ緩やかに伝わり、こちらも独自に発展している。ストゥーリア武術の源流といえる。スティッキィの裏カントル流も、それを受け継いでいる。


 「なんのォ!!」


 崩れながらも、スティッキィも得意の回し蹴り! 脚で脚を受け、さらに一端互いに間をとってから、近距離より蹴り返すも、同時にガラネルは身を沈めつつ、肘打ちを応用した凶悪的な銃尻打をスティッキィの無防備な下腹部へ叩きこんだ。


 「…ッ…ォ……!!」


 ガリアの力で無意識に防御をしていなかったら、内蔵を破壊されていただろう。目をむき、息が止まって腰砕けに倒れる。


 「死になさい!」

 横たわって動けないスティッキィへ向け、ガラネルが銃剣をつきたてる。


 そこへパオン=ミが必死の形相で跳びかかってきた。そのまま、銃口をパオン=ミへつけ、引き金を引く。呪符が展開し、弾丸を防ぐも、カンナを助ける余裕がない。


 「あ~ららあ、そんなオフダで、なにをしようっていうのかしらあ?」


 余裕なのはガラネルだった。美しくやわらかな笑顔に狂的な険を浮かべ、容赦なく、かつ際限なく弾丸をパオン=ミへぶちこみ続ける。


 (カ、カンナよ……)


 ひたすら発射される弾丸をひたすら呪符で防ぎ続けるパオン=ミは、カンナが自ら我へ帰り、こちら側へ戻ってくるのを祈るのみだった。



 5


 カンナは、薄眼を開けた。明滅して輝く電光の向こうで、パオン=ミとスティッキィが誰かと戦っている気がする。


 (わたしも……たたかわなきゃ……)


 そう思うが、意識が朦朧として、脳が痺れる。また眼をつむった。いや、瞼が勝手に落ちる。


 「お前は戦わずともよいのだ」

 (だれ……)

 それは、黒剣の声だろうか。

 それとも、クーレ神官長だろうか。

 自分は、どうなってしまっているのだろうか。

 懸命に自分の姿を見ようとするが、指も動かぬ。眼も開かぬ。


 「我へ身を委ねよ」

 やはり、黒剣の声だろうか。

 (だめ……わたしが……たたかわなきゃ……)

 「お前はもう、自分の意志で戦う必要はない」

 (どうして……)

 「理由など、知る必要はない」

 (そんな……)


 カンナの顔が、苦悶にゆがむ。肉体の変化は、カンナの意識の抵抗により、止まっているように見える。


 「さからうな!」

 (う……うう……むぅ……)

 「今こそ、己が役目に身を投じるのだ!」

 (い……や……だ……)

 「なに……!?」

 (いやだって云ってるでしょ!!)

 「なんだと……の……ぶんざいで……」

 「絶対、いやッ!!」

 「そうだ、お前はお前だ、カンナ!!」


 「!!」


 カッ、とカンナが翡翠色の眼を開ける。

 「アート!?」

 「お前は、お前のために黒剣を遣え、分かったな!」

 耳のすぐ側で響くアートの声。


 「クィーカ……!?」

 クィーカの音の玉だ!

 「ガリアは、自分の一部だぞ!」

 「……わかった」

 とたん、黒剣が意識を失い、ただの剣となって右手へ納まる。


 カンナの肉体が、一瞬で元へ戻った。

 「ううううああああああ!!」

 バリバリバリ!! 電撃が弾ける。ガウン!! ガアッ、ズガアア!! 雷鳴が周囲を圧した。

 「なん……です……っ……」


 ガラネル、引きって声も出ぬ。まぶしい。熱い。空気が震え、電撃が伝い、全身が痺れる。

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