第505話 第3章 6-1 ガリアを遣うバグルス

 指先が震えた。

 腰より雑用の刃物を抜き、服へ手をかけ、上着を引き裂いた。


 見まごうはずもない。白い肌理きめの細かい鱗肌うろこはだに、両肩や腕の発光器。


 死んでいるのは、まぎれもなく、姿

 (影武者だったというか!?)

 ガクガクと震えが来る。なにより、


 (と、と、いうことは……バ……バグルスが……ガリアを……遣っていた……!?)

 茫然と、その死体を凝視する。

 やっと、再び月が現れる。さあっと周囲が明るくなった。


 キリペや、スネアやホールンの竜騎兵ガルドゥーンたちが、月光のカーテンの奥からやってきた。



 6


 数日後。


 ナタルナタルの営業停止を含め、市内や周辺へすむユホ族の逮捕、取り調べなどの、ユホ族を巡る混乱はまだ続いていたが、ナランダがそれらを強力に取り仕切り、都市政府内での発言権は急激に強くなっていた。


 執務室で夜遅くまで忙しく仕事をするナランダへ、一匹の猫がどこからともなく現れる。ちょうど、書棚の前で資料を探していた時だった。


 云うまでもなく、レストのガリアだ。

 「どうした、こんなときに」

 顔を向けることもなく、猫へ話しかける。

 「夜遅くまで、ご苦労さまです」


 なんと、ガリアがレストの声でしゃべった。

 「だから、どうした。ガラネルは、死んだぞ」

 「そのようですね」


 「報酬の話か? 心配するな。カルマの連中にも、お前にも、ちゃんと用意してある。私は、そんなところで金を惜しまない。知っての通りな」


 「そんなことではありません」

 ナランダが、初めて顔を向けて猫を見た。

 「どうしたというんだ、本当に……」

 「僕を、どうするんです?」

 「おまえを?」


 「僕がガラネルと通じていたと、局長も薄々感づいていたのでしょう? それでいて、僕を利用していた……ガラネルと局長が通じる必要が生じた時のために。例えば、カルマの人たちが、ガラネルに負けた場合に……」


 ナランダが笑った。


 「そうだとしても、ガラネルは死んだ。心配するな。私は、おまえを捨てない。役に立つからな」


 猫が、顔をしきりに洗う。

 「それは、ありがとうございます。安心しました。ですが、僕が貴方を捨てます」

 「なに?」

 「ガラネル様は、負けてませんので」

 云うが、猫が見る間に巨大化する。

 「な……!?」


 ナランダが、猫を見上げた。それほどに……部屋いっぱいに猫が膨れ上がる。まるで竜だ。竜のような大きさだ。


 しかし、そのような巨大な猫が入るほど、部屋は大きくない。

 すなわち、ナランダが小さくなったのだった!


 これこそが、レストのガリア「雉寅文きじとらもん短尾たんび黄眼猫きがんねこ」の力である。カンナたちの隠れ家より脱出した際も、この力で自らを一瞬で小さくし、猫の背中にしがみついて逃げた。ガリアの力なので、服や装備ごと小さくなる。そういう力だ!


 鼠かトカゲめいて小さくなったナランダめがけ、猫の爪と牙が突き立てられる。

 竜に食われるがごとく、ナランダは一撃で仕留められた。

 「ちょっと、いやだ、シッ、シッ!!」


 遅くまで仕事の補佐をしている秘書が紅茶を淹れて入ってきた。レストのガリアはナランダを咥えたまま、たちまち秘書の足元をすりぬけた。


 「どうしたの?」

 同じく、連日ナランダへ付き合って午前様の疲れた顔で、同僚が話しかける。

 「猫が、ネズミか何かを咥えてた」

 「この部屋で?」

 「いま逃げたやつ」

 「やだ、ネズミいるの、ここ……」

 「局長、夜食かおやつを食べ残してるんじゃない?」

 「そうかも……」

 「で、その局長は?」



 雉寅文短尾黄眼猫は、そのまま都市政府庁舎内の配管へ入り、迷路のように山岳内部へ食いこんでいる無数の隠れ部屋の一つのどこかへナランダを打ち捨てると、またどこかの部屋の一つへ入った。


 そこへ住んでいるというわけでもないだろうが、古びた家具があり、燭台が光っていた。


 机に座って、絹地の騎竜装束の発展したハーンウルム地方の民族衣装で本を読みながら優雅に紅茶を飲んでいるのは、誰あろう、ガラネルであった。

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