第486話 第2章 4-6 謎の女

 二件目も明るく光っているガラス窓を覗く。位置が高いが、適当にそこらのものを持ってきて踏み台とした。食堂だ。一家揃っている。祖父母夫婦、主人夫婦、息子か娘夫婦、そして子供が三人の九人家族だ。気のせいか身なりも良い。部屋の隅には、使用人も立っている。


 「次は我にまかせよ」


 まるでゲームのようにパオン=ミが踏み台より下りてにやりと笑い、ささやいた。スティッキィも、


 「おてなみはいけえん」

 と、まだ機嫌がよい。カンナはそれがどうにも不安だったが、何も云えなかった。


 パオン=ミが窓明りの影で両手を交差し、踊りめいた動きで動かすと、指の合間に符があった。その数、両手合わせて八枚。それを空中へばらまくと、しゅるしゅると音がして細長く捩られ、つながって紐のようになる。それが、草むらにぼとりと音を立てて落ちた。窓明りに切れとられた地面の上で薄暗く浮かびあがるその姿に、スティッキィは感心した。


 「これ、毒蛇じゃなあい?」


 「うむ。ここらへんの蛇で、なんというたかの、そう、鎖蛇くさりへびとかいうやつよ。模様がほれ……輪が連なって鎖のようであろう。こやつ、小さい蛇だが毒は強烈という。ひと咬みであの世行きよ」


 云うが、蛇がするすると草むらに消える。天井まで這い上がり、屋根の隙間から易々と侵入すると、梁を伝って食堂まで到る。そのまま壁の裏を下り、壁板の隙間からするりと現れる。本物の蛇ならば入りこめない隙間でも、元は紙切れなので、身体がぺしゃんこになって容易に侵入するのである。そのまま、家族や使用人に気づかれず、食卓の下まですみやかに這いよる。そして……。


 「アッ、わあっ……!」


 主人が突然、大声を発し、椅子より跳び上がった。ふくらはぎを蛇に咬まれている。家族はその蛇がなんなのか知っていたため、絶望的な悲鳴を上げた。どうして、こんな春先に、もうこの蛇が出てきているのか……主人の父親である老人が、怒りに震えながらその蛇を叩こうとした矢先、主人が意識昏倒してばったりと倒れ伏した。


 もう、家は大騒ぎとなった。騒ぎに乗じ蛇は素早く消え、既にいない。

 三人も、窓の側より消えていた。



 「さすがよねえ、パオン=ミ……なんでもありじゃないのよお、あんたのガリア」

 「こういうことだけはの」

 そう云って、パオン=ミが珍しく笑い声を発する。

 「次は誰よお?」

 「教団青年部の部長の役にある奴原やつばらよ」


 カンナは、二人が浮かれているのがますます気になったが、やはり余計なことは云わない。


 その青年部の部長がいる家は、細々と畑をやっている集落の中では比較的貧しい家であったが、教団で熱心に活動し、のし上がった。いまは集落でも発言権は三番目だ。


 「よもや、その活動も今夜で最後とは、夢にも思うまいて」

 「待って、人よ……」


 三人が猫のように闇へ沈んだ。眼前の暗がりを、村人が二人だって歩いて行く。何か、棒のようなものを持っているのがわかった。二人は無言で歩き、そのままどこかへ去って云った。


 「……まさか、見回りがいるとはのう……」


 パオン=ミが、気をひきしめてささやく。カンナの不安は頂点に達した。ついに声を出す。


 「ねえ、やっぱり、今日はこの辺で帰ろうよ」

 「待て、カンナよ、落ち着け。逆に、いまが機ぞ。二人成功しておる。これを逃すな」


 「そおよお。教団有力者が二人も死んで、明日から、もしかしたら警戒が強くなるかもしれないじゃなあい」


 そう断じ、カンナを連れて、最後の目標まで小走りした。


 集落の外れの家は、先に訪れた二件と比べるとまるで物置小屋だった。小さいし、なにより粗末だ。隙間だらけで、その隙間より明かりが漏れている。三人が静かに近寄る。小屋……もとい家の隙間より、中の声が漏れている。


 「あすこは、両親と息子の三人家族のはずだが、さて……女の声がするな」

 「お嫁さんでももらったんじゃないのお?」

 「この短期間でか?」


 スティッキィが隙間より覗く。中は、二部屋しかない。居間で、テーブルを囲み、初老の両親と若者、そして、三十代前半に見える、若者より十ほど年上の女がいた。アーリーにも似た濃い赤茶の髪を素朴に後ろで結んでいて、着物はユホ族の女性の服を着ていた。が、女性はユホ族でも、ラズィンバーグ周辺諸部族でも、ましてラズィンバーグ人でも無かった。ちょうどこの位置からは向こうをむいているが、ちらちらと横顔が見える。日焼けしているが、ユホ族より薄い肌、焦げ茶色の眼、丸っぽい鼻に、ぱっちりとしているが一重の眼……。


 「あんたに似てるわ、竜の国の人なんじゃない?」

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