第485話 第2章 4-5 暗殺開始
「わたし達の襲撃が、知られてるんじゃない?」
「さすがに、それはなかろう……」
と、パオン=ミが明るく云うが、顔は自信なさげに曇っていた。
「と、思うが、わからん」
「なあによお、ここにきてどおすんのよお」
「まあ、待て。夜に、我が忍んでみよう。
「いやよお、こんなとこで……建物は無くても、教団幹部の居場所が分かってるのなら、夜に一気にやっちゃいましょおよお」
「それもそうだが……」
とにかく、三人は茂みの中で夜まで待つことにした。偵察も兼ねて早めに出発したのが裏目に出た。かなりの時間を過ごし、寒さと暇に耐え、ようやく暗くなって家々に明かりが点りだしたころ、パオン=ミが動いた。スティッキィも暗殺業でこのような待機は慣れていたようで、素早く立ち上がる。カンナだけ、既に疲れ切って動きが鈍い。
「ここで待っておれ」
パオン=ミはそう云おうとしたが、カンナを一人にするわけにはゆかない。かといって、偵察ならまだしもスティッキィ無しで暗殺実行も不安だ。あのウガマールの使者をまだ完全に信じているわけではなかったが、キリペを呼べばよかったと少し後悔した。
三人は速やかに闇へ紛れ、集落へ入った。
「一人目は
「あったりまえでしょお?」
パオン=ミがささやき、スティッキィが鼻息も荒く得意満面に答えた。
カンナがはぐれぬよう注意しながら、ひそやかに闇を渡り、三人はまず村長の家に吸血蝙蝠めいて近づく。
族長は世襲制で、数代続いた後に、他の家に変わる習慣だった。その家も、三家が持ち回りでユホ族を何百年も支配している。
そこに、どこからどのようにアトギリス=ハーンウルムの紫竜信仰が入ったものか。
とにかく、族長の大きな家にたどり着く。木で造られ、窓にはガラスがあったが、ガラス窓は多くなく、ほとんどは夜になって板でふさがれ、隙間からぼんやりと明かりが漏れている。
「もっけの幸いぞ」
こっそりガラス窓より覗いたパオン=ミが囁いた。スティッキィも覗く。ヘマをする恐れがあったのと、眼鏡が反射する危険があったので、カンナは覗かせてもらえなかった。ただ、中より呪文のような合唱が聞こえるのは分かった。窓の中の部屋は、神殿の間のようだ。
「夜のお務め中ぞ。祭壇の前の、真ん中の老人がそれよ」
そう云って、首を小さく振る。「やれ」という合図だった。スティッキィが闇の中で暗殺者の顔となった。
じわっ、と暗中に
大きなものではなく、まるで砂粒ほどに……いや、
それが無数に闇の流れとなって、家の隙間より暗がりを伝って屋内に侵入した。さらに蜘蛛の糸めいて天井の闇から一直線に族長の真上に垂れ、細かく黒い霧となって一心に経を唱えているその口にまぎれこむ。
まるで、毒を吸いこんだかのようだった。
喉の奥に入った砂粒以下の闇の星が鋭く回転を始める。
「ン……ン! ごほっ……!」
両側の息子たちは、父親の不調をいつもの痰のからみとでも思ったのか、かまわず経を唱え続けた。
そのときには、肺の奥の奥を浅く広範囲に傷つけられた族長は、染み出た血液が肺を浸し、最後の大きな咳と共に細かい血を吐いて、意識昏倒して倒れ伏した。
ようやく異変に気付いた家族が読経を止め族長を助け起こしたが、既に絶命していた。
「やるではないか!」
急ぎ次の目標の家へ忍び寄りながら、パオン=ミがスティッキィを讃える。
「さすが凄腕の暗殺者よの。竜退治ばかりのマレッティでは、こうはいくまいて」
「まあねえ」
スティッキィも珍しく上機嫌だ。カンナは二人の後ろをついてゆきながら、やたらと疎外感に苛まれた。闇の中で、二人の背中が遠い。
次は、村一番の富豪だった。富豪といっても、畑が大きいのと、親族が都市内で職人工房へ燃料を卸す仕事で一旗揚げたというだけで、特段に大金持ちというでもない。しかし、このユホ族の集落の中では、一番の資産家であるに変わりはなく、教団への献金で地位を得た口だ。
そこそこ大きな家の周囲の闇へ融けこむ。村長の家と同じような作りだったが、金持ちらしくガラス窓が多い。ガラスそのものは古代よりある身近な物質だが、板硝子は製法が難しく、この時代に到るまで高級品だ。そもそもこんな少数部族の集落にガラス窓があることすら珍しいと云わざるをえないが、そこは工房都市の周辺集落であるため、金さえ出せば入手はむしろたやすい。
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