第472話 第2章 1-4 美人先生
案内しようとした、周辺諸部族らしい、褐色の肌に黒髪、そしてカンナよりやや薄い碧の眼の女性が、三人を観て固まりついた。
「……美人先生じゃありませんか!!」
両手で口をおさえ、驚愕に眼を見開き、そしてその眼が見る間に潤んでくる。もちろん、カンナ達は何のことやら分からない。
「旦那様、旦那様、美人先生が戻ってきました……!」
そう叫び、店の奥へ行ってしまった。
「な……なに?」
カンナが、呆然としてつぶやく。
「さあ……」
スティッキィも、訳がわからぬ。パオン=ミが、しまったというふうで顔をゆがめた。
「なにやら訳ありと観た」
「あたし、なんにもしらないわよお」
「いや……もしや、スティッキィをマレッティと間違えておるのではないか?」
スティッキィとカンナが息をのむ。なるほど。
「なあによおそれえ……ちゃんと調べたんじゃなかったのお?」
「流石に、そこまではわからぬわ」
出ようとしたが、もう店の主人が先程の女性を連れて飛んできて、三人を奥の特別席へ案内する。
「美人先生、よくぞご無事で……あのあと、どちらに行かれてたんですか!? みんな、心配したんですよ……」
やはり、スティッキィを見つめて、そう云う。
自らの正体を明かすかどうかの瀬戸際で、パオン=ミとスティッキィが黙ったが、何も考えていないカンナがあっさりと答えた。
「もしかして、マレッティと間違えてます? こちらは、マレッティの妹のスティッキィなんですよ」
カンナ以外の四人が、何とも云えない驚きの顔となって、カンナを凝視した。
「妹……さんですか!?」
店の主人、ラズィンバーグ近郊周辺諸部族のひとつ、ユホ族のマイネルが、いまやホール係の筆頭女給となったかつての踊り子、同じくユホ族のタノーラと眼を合わせた。そして、再びまじまじとスティッキィを見やる。
「……それにしても、よく似ていなさる」
「双子なのでえ」
スティッキィが片眉を上げて、マレッティそっくりの声を出した。もちろん、教養として習っていたサラティス語だ。ラズィンバーグは、かつては独自のラズィンバーグ語があったが、連合王国時代に廃れ、現在はサラティス語とストゥーリア語のごちゃまぜ語が通用しているが、どちらかというとサラティス語に近い。
「双子……そうでしたか」
マイネルも、納得してきたようだ。
「で、では、美人先生はご無事なんですね? いまは、どちらに?」
「スター……ストゥーリアにいますけどお」
「ストゥーリアに……?」
たしか、当時マレッティは、多くは語らなかったが訳あってストゥーリアより出てきたと聞いていたマイネル、怪訝そうな顔をしたが、また、訳あって戻っているのだろうと察してそれ以上は聞かなかった。
「そう……ですか。いや、お元気ならば、それでよいのです。はい。どうも、お邪魔いたしました」
立ち去ろうとするのを、しかし、パオン=ミが止める。
「待て。次はこちらが聴く番ぞ。マレッティは、以前この街にいたことがあるのか?」
「え、ええ……聞いてないのですか?」
「聞いてないから聴いておる」
「ちょっと、パオン=ミ……」
あまりに不躾な云い方と声色なので、カンナがパオン=ミの袖を引いた。
パオン=ミが少し咳払いし、
「マレッティがそなたらとどういう関係があり、どういう経緯があったか、
そして、目ざとく、ストゥーリアの銀粒貨を一つ、出した。ラズィンバーグはサラティスの通貨カスタが流通しているが、ストゥーリアのトリアンも使える。両替商がいるし、銀としても質が高いので喜ばれる。金貨一枚が一トリアンで、銀粒は一個が四分の一トリアンになり、カスタでいうと半カスタほどなので、ネタ代としては、まあまあだ。
「これはどうも……」
「四年前ほど前ですがね……」
マイネルの声が、がぜん低くなる。楽団がユホ族の伝統音楽を演奏し、踊り子の伝統舞踊を踊る足音とその手のタンバリンの音色で、よく聞こえないほどだ。
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