第464話 第1章 4-1 カンナ、囚わる
「……どなたか、どなたか!」
「大丈夫ですか!?」
星明りの下で座りこみ、吐く息も白くもがいていたのは、どこぞの宿の女将と思わしき中年女性だった。
「どうしたんです!?」
「怪物が、宿に……逃げ出してきましたら、いきなり雷が落ちて……」
などと錯乱し、ガクガクと震えている。カンナを認めるや恐るべき力でしがみつき、カンナもあわてた。
「お、おちついてください……さっきの怪物はバグルスです……やっつけましたから……」
「バッ……バグルス……!?」
知らないのだろうか。パウゲン山から吹き下ろす風の関係で、竜も滅多に現れない地だ。知らないかもしれない。
「私はサラティスのカルマです、バグルスを退治するのが仕事なんです」
と、云ったところで、気休めにもならなかった。女将が、何やら意味不明の言葉を放ち続ける。カンナは女将を揺さぶり、話を聞かせた。
「と、とにかく、やっつけましたから、もう大丈夫です……おちついて……戻りましょう」
カンナは、腰の抜けている中年の女将を立たせた。静まり返って誰もいないかに見えるスーナー村で、貴重な証言者だ。彼女に聴けば、何か分かるかもしれない。
「さ、いきましょう」
カンナが村へ向かって歩きだした瞬間、その女がカンナの後頭部を棍棒で殴りつけた。
4
周囲をうめつくす妙な唸り声に、カンナは忽然と目を覚ました。
それを見た人々が、驚きの声をあげる。
「……こいつ、生き返ったぞ!」
で、あった。
視界がぼやけて、何も見えなかった。眼鏡がない。何も判断できないが、自分の手足が縛られていることはかろうじて理解できた。どこにいるのかよくわからないが、木造の建物らしき場所で、薄暗くかがり火やランタンがあった。周囲に人が大勢いる。何人かが、祭壇めいたものの前で歌のような、呪文のようなものを唱えている。そしてなにより異様なのは、丸い鉄板めいた薄い鐘をゴワンゴワン鳴らし、丸い木のブロックをボクボク叩いて調子をとっていることだ。また、嗅いだことのない香も、もうもうと焚かれている。
「な、なんなの!?」
カンナは喚いたが、呪文の声が大きくて、自分の声もよく聞こえなかった。
一人が、カンナの横たえられている低いお膳みたいな
「いたっ……なにするんですか!!」
「だまってろ! お前は死の竜の生贄だ! 今日、二人目のな!」
目の前の男の顔もよく見えないほどに、カンナは近眼だ。しかし、声で分かる。自分の泊まっていた、三番宿の主人だった。
「よけいなことにクビつっこみやがって……」
「この……!」
こいつ、自分がガリア遣いであることを分かってないのだろうか。カンナはむかついて、ガリアを出そうとした。……が、ガリアが出ない。
「あれ……!?」
「無駄だよ、カルマのお嬢さん。おまえのガリアは、ミヨン様が封じた」
「はあ!?」
云っている意味が分からぬ。
「死竜様の使い、ミヨン司祭様が、ガリアを封じこめたんだ!」
「そんなこと……!」
「ほんとうだよ」
主人が薄ら笑いをうかべる。
「どうせ、仲間は高山病で死ぬことになってたんだ。遺体をここに置いて黙って立ち去ってりゃ、あんたも死なずにすんだのにな」
「死ぬわけないでしょ、あのスティッキィが……!」
「死ぬんだよ。そういうことになってるんだ」
やはり、訳がわからない。
「みんなそうなんだ。ここで死んでしまうんだ。そういうことにして、死竜様へ生贄にしているんだ」
そもそも、ミヨンとやらは誰なのか。
「あ、あんたたち……バグ……バグルスが……」
「なんだって!?」
主人がわざとらしく叫び、カンナの顔へ耳を近づける。
「バグルスがいたでしょって!」
さすがにカンナもキレ気味に喚いた。だが、三番宿の主人は、意に介さぬ。
「ミヨン様は、バグルスだよ。死竜様の御使いだからな」
「は……?」
カンナの混乱は、絶頂に達した。
祭壇に横たえられているスティッキィは、この喧騒でも死んだように眠っている。ピクリとも動かない。祭壇の上には巨大な垂れ幕があった。紫色に黄金の紫竜紋が象られている。カンナは眉をよせて懸命に目を細めたが、見えないのには変わらない。
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