第463話 第1章 3 白い影

 そして、自分は、そんな村人たちへガリアを遣えるのだろうか。カンナのガリアにかかれば、このようなちっぽけな村など、災厄に襲われたかのごとく一網打尽で無人の荒野へ変えられるだろう。あとは、カンナが、それをするかしないかだ。


 が、それはあとだ。

 とにかく、いまはスティッキィを救わなくては。

 カンナはその隠し扉を開け、剣を片手に構えたまま、迷うことなく中へ入った。



 3


 ドアを抜けると、なんのことはない、隣の部屋だった。隣の部屋は、客室ですらなかった。殺風景なままで、床の隅に開け放たれたままの隠し扉があったので、よほど急いでいたのが分かる。


 カンナはもちろん、躊躇せずにあとを追う。


 しかし、いくら体調が優れないでいたとはいえ、スティッキィが黙ってされるがままになっているとは思えなかった。やはり、パオン=ミの心配していた通り、眠り薬でも盛られたのだろう。


 カンナは、ほぞをかんだ。

 それにしても、どういう理由でそのようなことをするのだろうか。


 ガリアである剣を持ったまま、梯子階段を器用に下りて、一階の隠し部屋へ入ると、なんと風があたって寒い。見ると、外に抜けるドアも開け放たれている。そこから宿の裏手を見やると、狭い路地が続いており、その向こうはもう荒涼とした溶岩石の大地だった。


 カンナはそのまま闇へ進んだ。


 人っ子一人、いない。スーナー村は静まり返っていた。ただでさえ狭い村なので、建物はすぐになくなって、雑木と岩だらけ、坂だらけの土地に入ってしまう。振り返ると、真っ暗な村が見える。パウゲン山が、視界にそそり立っていた。星がこぼれ落ちそうなほどに天を埋めつくしている。そのまぶしいほどの星空を、パウゲンの山体が鋭く影となって遮っている。いったい、スティッキィはどこへ行ってしまったのか。


 そのとき、また黒剣が共鳴を感じた。


 暗闇に、カンナの翡翠色の眼と、黒剣の黄金の線模様が不気味に浮かび上がる。ビィン……ビィン……と剣が鳴り、周囲の闇へ響いた。


 と、暗闇の中に、ぼんやりと白い影が幾つも立っていることに気づいた。

 「え……!?」

 カンナ、これには躊躇する。竜ではない気配。バグルスでもない。

 まさか。本当に亡霊なのだろうか。人間の魂が、この世に残っているというのか。


 カンナを取り囲むようにして白い影は立っていた。その数は、二十を軽く越えている。白い影とはいうのは、カンナの眼が悪いから、ぼんやりとそのように見えているのか。カンナはおもわず目を細める。中には、明らかに鬱々とした人の顔が見えているような気もする影もある。ほとんどは男性に思えたが、女性もいる。しかし、年寄りや子供はいない。


 カンナは唾を飲んだ。素直に恐怖した。瞬間、再びガリアが鳴った。


 バジュウ! 黒剣より閃光がほとばしり、稲妻が周囲を焼いた。ゴラアアァ……!! 雷鳴が山間に轟いて、スーナー村を揺るがした。白い影は、その一瞬の閃光と轟鳴で全て消えた。


 「…………」


 カンナは周囲を慎重に確認し、眼の錯覚ではなく全ての影が消えたのを確認すると、再びスティッキィの捜索へ戻ろうとしたが、次は、次こそまちがいなく竜の殺気に剣が反応し、暗がりに電光を発した。


 迫り来る足音がして、カンナも緊張する。音だけで、まるで蝙蝠の超音波レーダーが相手をとらえるかごとく、カンナのガリアは的確に相手を音でその位置を判断する。


 バシィ! 稲妻が走って、敵を襲う。瞬間の雷撃を、相手は跳び上がって避けた。ガラアア……! 雷鳴が再び轟く。共鳴がさらに大きくなって、相手をとらえる。


 黒剣が蛍光を発すると、そこに浮かび上がったのはまぎれもなくバグルスだった。

 「バグルスウゥ!!」

 カンナが黒剣を振り上げる。


 バグルスはカンナより背の高い、少女型のすらりとしたタイプだった。眼がカンナの電光を反射して白く光っている。短髪で、牙を剥いてその両手の大仰な竜爪を構え、カンナへ吶喊とっかんした。人間めいてはいるが、人の言葉を発するようには見えない。中完成度のバグルスだろう。


 カンナは、真正面からそれを受けてたつ。

 バズァア!!


 バグルスは怒れる雷にまともに打たれ、もんどり打ってひっくり返り、焼け焦げたまま弾き飛ばされて転がった。気配も消える。あまりに呆気なく倒したので、カンナは戸惑った。自分が、いつのまにやら中レベルのバグルスですら一撃でほふるほどの力を備えていることに。いや、それは、はじめから備えられていた力だった。それが、ようやくここまで遣えるようになっただけだが、カンナはそれに気づいていない。


 カンナは次の攻撃に備えてしばし身構えたが、何も現れなかった。静寂が戻り、スティッキィの探索を再開しようとしたそのとき、だれかが助けを求める声を聞いた。


 カンナは急いでその方向を見極め、走り寄った。

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