第465話 第1章 4-2 カンナ変質

 バチン、バチンとカンナの眼が怒りとストレスで蛍光色に光りだした。


 しかし、ガリアは出ない。紫竜のダール・ガラネル配下のバグルス、ギロアとブーランジュウは、ガリアを封じこめる力を与えられていた。きっと、そのミヨンというのも、そうなのだろう。


 「あ……う……うう、う……」

 急激に、すさまじい頭痛がした。


 割れんばかりの頭痛だ。ガリアである黒剣がカンナの頭の中で暴れて、出たがっているかのような。


 「ううう……うーッ! イタイ!! イデデ、イタイイダイ!!」

 カンナが縛られたまま身悶えだしたので、主人が驚く。

 「こいつ、どうした!?」

 舌を打って、手下へ向けて叫んだ。


 「おい、薬を持ってこい! さもなくばもう一回殴りつけろ! 棒だ、棒をよこせ、おれがやる!」


 三番宿の主人、差し出された硬い棒を片手に持って、悶えるカンナの脳天めがけ、豚を屠殺するようにそのまま振り下ろした。


 瞬間、カンナが

 大音響と振動に、読経も止む。

 天井からバラバラと埃や木っ端が落ちてきた。


 三番宿の主人は衝撃波に吹き飛ばされ、そのまま厚い木の壁へ打ち付けられて、ひしゃげた姿勢のまま転がり落ち、耳目より血を噴出して絶命した。近くにいた者も、何人かは耳を押さえてうずくまる。


 その他の者も、眼が覚めたようにカンナを凝視する。ほぼ全員が、いまの「爆発」による疼痛とんつうに耳を押さえていた。


 バツッ、バツッと火花が散り、カンナを戒める頑丈な縄が焼き切られる。カンナはすかさず頭を抱え、床へ転げて突っ伏し、あまりの頭痛に唸った。


 死の教団の信者たちは、何が起こっておるのか理解できず、轟音と耳の痛みに驚き、固まりついていた。


 突っ伏しているカンナから、さらに烈しく火花が散り始めた。戒めの隙間から、極低音が漏れ出して、不気味な地鳴りが建物の中へ充満してゆく。さきほどの読経もカンナにすれば不気味であったが、この地獄からの叫び声めいた通奏低音も、スーナー村では不吉の証拠だった。なにより、パウゲンではこういう音がすると地震か噴火につながるためだ。


 どこからともなく、再び読経が始まりだす。人々は祈り、カンナは唸る。何重にも音響が重なり合い、異様な光景が出現する。


 しかし、バグルス・ミヨンはどこにいるのだろうか!?


 ミヨンは、信者へ紛れ、部屋の隅よりカンナを観察していた。強力なガリア封じの力へくわえ、ブーランジュウの持つ人間へ憑依する力も持っている。村人の一人へ憑依し、普段は人間のふりをして、旅人をだまし、ガリア遣いを無力化し、生贄として殺している。ごく一部の教団の有力者のみが、ミヨンの正体を知っている。


 スーナー村は、死竜教団の村として、旅人を病死と見せかけて密かに殺している、死の村と化していた!


 今回も、スティッキィの体調が悪いことをよいことに、いつも通りに残念ながら病死ということにして、例月の生贄の儀式を滞り無く行うはずだった。いつも通りに。


 どこで、こうなってしまったのか。


 ミヨンは、カンナのあまりの力に、ここで正体を現すかどうかの判断にせまられていた。


 報告で、サラティスのカルマにギロアとブーランジュウが殺されたのは知っている。スティッキィとカンナを生贄にできたのならば、仇討にもなるので一石二鳥だ。が、この状況は只事ではない。せっかく配下のバグルスを犠牲にし、カンナを捕えたは良いが、これでは……。


 ミヨンを知っている何人かの幹部が、ミヨンを凝視していた。ミヨンは決断し、立ち上がった。背の低い、地味な女だった。ふだんは、六番宿の下働きをしている。


 そのとき、カンナが絶叫と共にのけぞって、その胸のあたりより幾筋もの電流が溢れ出た。周囲の何人かが、驚いて後退る。ミヨンはそんな村人をかき分け、前に出た。


 近づくとガリア封じの力も増す。

 電流は一瞬、押さえられたが、逆に吹き出るように溢れ出て、カンナを取り巻いた。

 そしてカンナを護るまゆとなって、すっかりカンナを隠してしまった。


 そのまま、プラズマの奔流は電磁波と高熱を発し、床を焼き、カンナを電気の化物へ変質させる。


 「……こいつ……」

 ミヨンは眼を見張り、正体を現した。いや、現さざるを得なかった。


 皺だらけにはたらきつくした中年女性の背中が割れて、昆虫が羽化するようにして、と巨大なバグルスが現れる。白っぽい灰色の、肌理きめの細かな鱗肌に、肩の辺りでそろえた薄水色の髪、そして、黒と赤に光る額の細い二本角。この角より、目に見えぬガリア封じの磁場のようなものを発し、ガリア遣いを雁字がんじがらめにすると、ガリアは現れなくなるか、あるいは人によっては効果が重く、遅くなる。眼が真紅に光って、その両手の黒い竜の爪も禍々しく、長い尾ものたうつ。身長は二十キュルトを超えた怪物が、おののく信者たちの真ん中に仁王立ちとなる。牙をむき、眉を八の字に寄せて怒りと憎しみの顔をカンナへむけた。角と両肩、二の腕、そして脛の発光器が紫に光る。

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