第461話 第1章 2-2 スティッキィのいる宿

 「すみません、声をかけても、誰も出てこなかったものですから」

 「それは、申し訳ございません。さ、こちらへどうぞ」


 カンナはドアを振り返りながらも、今来た廊下を主人に続いて戻り、狭いラウンジへ戻った。改めて、主人へ問う。


 「あの、具合が悪くてお世話になってる連れは、どこで休んでるんですか?」


 「あ……ええ、あの、お連れ様ですか。ここではよい薬がありませんで、ちょっと離れた違う宿にお入りになってもらってます」


 「ここにいないんですか!?」

 カンナは驚愕して、美しく珍しい色の眼をむいた。

 「心配はございません、なんなら、いまよりご案内を……」

 「お願いします」


 まさか、スティッキィが同じ宿にいないとは。これは、パオン=ミの疑念もまんざらではなくなってきた。


 主人に案内され、カンナは四件ほど隣の、同じような建物の宿へ入った。入ると、宿の造りもほとんど同じで、装飾品のみが異なっている。竜をかたどった瓶や、竜柄の絵皿が置いてある。


 そのまま、カンナを連れてきた初老の主人が、あわてて出迎えたその宿の若い主人をなにやら奥へいざない、少しして二人して出てきた。そしてカンナを二階の、同じような造りの隅の部屋へ案内する。


 カンナは、あまりに自分の宿と同じ構造なので、錯覚を覚えた。

 「スーナー村の宿は、みんなこうなんですか?」

 「ええ、まあ。そうですね」


 雪焼けした、若い主人が答える。風雪が厳しいので、若いといっても見た目はすっかりサラティスの中年以上だ。


 それにしても、内部はおろか外観も同じ宿がずらりと街道に並んでいては、目印か何かがないと分からない。カンナは、次にこの場所を一人で訪ねてくる自信がなかった。


 「ここは、なんていうお宿なんですか?」

 「……名前のことですか?」

 「はい」


 「そうですね……以前は、それぞれ屋号があったんですが、さいきんは特に屋号を名乗るのを止めて……ここは、スーナー七番宿ですね」


 「七番?」

 番号で管理とは。

 「でも、表に、数字が出てなかったような?」


 「ええ、特に出してません。必要がないものですから……あ、お連れ様はこちらです」


 見ると、部屋にも番号も何もない。

 主人がドアを開けると、ベッドにスティッキィがよく眠っていた。

 カンナは安堵し、薄暗い部屋へ入ると、スティッキィの寝顔を見下ろす。

 「看病はどなたが?」

 「え、ええ、私どもで」

 「ありがとうございます。代金はちゃんと払いますので」

 「それはどうも……」

 カンナはそのまま、スティッキィの横へ椅子を引きずり、腰を下ろした。

 「あ、あの……」

 「はい?」


 「ご看病は私どもで行いますので……お客様は、どうぞ三番宿へお戻りになり、ゆっくりお休みに。ご平癒いたしましたら、お呼びに参ります」


 「はい?」

 カンナ、意味が分からず、目が丸くなる。

 「あ、あの、ですから……」


 そこで、カンナの宿、すなわち三番宿の、初老の主人が前に出た。初老と云っても、実は中年、すなわち四十代ほどなのだろうが。


 「お見舞いですね、お見舞いはどうぞごゆっくり。暗くなるまえに、どうぞお戻りいただければ」


 「いえ、私はこっちに移ります」

 「なんですって!?」


 思わず声を荒げた七番宿の主人を、三番宿の主人がおもいきり小突いて、廊下へ押し出した。


 「ええ、あの、こちらへお移りに? これは、申し訳ございません。私ども三番宿に、なにかご不満でも……」


 「あ、いえ、そういうわけではないんですけど、スティッキィを独りにするわけにはいきませんので」


 「いえ、それは私どもが、責任を持ってご看病を……」

 七番宿の主人が引きつった笑顔で、後ろからそう云った。

 「それは、ありがとうございます。私も、手伝いますので」


 ここは、カンナの気の回らなさというか、鈍感さが逆に作用したといえよう。パオン=ミであれば、あまりの不審さに、もうガリアでも出しかねない状況だ。


 「あ、あの、私どもの看病に何かご不満でも……」

 「いえ、私はこっちでも大丈夫です」


 話がかみ合わない。三番宿の主人が小さく首を振り、七番宿の主人も諦めた。これ以上、強いるとさすがのカンナも怪しがるだろう。


 「分かりました、こちらへお移りにということで、いま、お荷物をもって参ります」

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