第462話 第1章 2-3 誘拐
「お願いします。あと、パオ……もう一人の連れにも、伝えてください。きっと、その人もこっちへ移ってきます。一泊分の料金は、ちゃんとお支払いしますので」
「承知いたしました」
三番の主人、笑顔の奥に引っかかるものを残し、こうべを下げた。
カンナは安堵し、鼻歌まじりでスティッキィの寝顔を見つめ続けた。
異変は、その日のうちに起こったのである。
日が暮れてくる。
暖炉の火は弱く、カンナは
赤い火が大きくなり、スティッキィを照らす。
よく眠っている。
しかし、流石のカンナも、スティッキィがまるで目を覚まさないのを心配に感じてきた。
それに、荷物を持ってくると云った三番宿の主人も、まったく現れない。
「どうなってるんだろ」
慇懃な態度と相反する待遇の悪さへ驚くと同時に、憤りを感じる。
カンナは軽い気持ちで、スティッキィの部屋を出て、一階へ降り、七番宿の使用人や主人を探した。
「すみません、もしもし? 誰かいませんか!?」
日の当たらない部屋の隅は、すっかり暗い。ランタンすら用意しないというのか。
カンナは焦り、勝手にラウンジより奥の部屋へ向かう。同じ造りなら、奥も今朝がたと同じだろう。果たしてそれは正解で、ほぼ真っ暗の廊下の突き当りに、三番宿で主人の出てきた部屋とそっくりなドアがある。カンナはドアを叩いた。
「すみません、誰か?」
しかし、朝方とは異なり、誰も出てこぬ。
「誰かいないの!?」
カンナは恐怖し、思わずガリアを出した。
その時、二階よりかなり大きなガタン、ドタンと音がして、カンナは身をすくめた。
「……スティッキィ!!」
しまった。顔をゆがめ、今来た廊下を戻る。そしてラウンジへ出るドアを開けようとしたが、外側より固く閉ざされ、びくともしなかった。
「な……なんなの、これ……!」
カンナは恐慌を来しかけた。竜でも暗殺者でもなく、なぜ一般の村人が自分たちを襲うのか。
だが、スイッチも入る。
「ウアア!」
眼が薄く蛍光緑に光って、ガリアが明滅する。黒剣を片手で振り上げ、ドアノブめがけて振り下ろした。バアン!! と破裂音がし、ガリアの電撃と音響力でドアノブが……いや、ドアが吹き飛ぶ。ゆっくりとドアが倒れると、いま、ドアの向こうにいたであろう人物が驚いて遠ざかってゆくのが影となって見えた。
「まっ……」
カンナは息をのんだ
「待て!!」
ブウン! と黒剣が唸る。共鳴だ。共鳴がする。この感触は……まぎれもない。
「バグルス……!」
いまの影がそうなのかどうかは分からない。しかし、確かにバグルスがこの宿にいる!
得体の知れぬ亡霊ならばともかく、相手が竜ならば怖くはない。
血液の底の電流を反射し、カンナの蛍光翡翠に光る眼は、無意識ながら闇を見通す。カンナはすっかり暗くなった室内をものともせずに走って二階へ駆け上がり、スティッキィの部屋へ飛びこ……もうとしたが、ドアが開かない。
「こんちくしょ……!」
再び黒剣が唸りをあげる。電流もだ。バッツ! 電撃が弾けて、ドアの把手がふきとんだ。蹴りつけると、ドアが凄まじい音を立てて開く。中には、誰もいなかった。毛布のめくられているベッドへ近づき、手を当てると暖かい。今すぐ、拉致されたようだ。
「なんで……!?」
訳がわからなかったが、とにかく、スティッキィを探さなくては。
とはいうものの、人探しなどしたことが無い。何をどうしたら良いのか分からずに、途方に暮れた。そもそも、内側より鍵のかけられているこの密室で、人間一人をどのようにどうやって消し去ったのか。
「……そうだ、パオン=ミ……」
パオン=ミのガリア「
パオン=ミは、どこで何をしているのだろう。
そのとき、また黒剣がかすかに共鳴する。共鳴が遠くて、竜なのか亡霊なのかは分からない。だが、カンナはその響きのある方向へ、静かに剣の切っ先をむけた。
暗くて分からなかったが、黒剣の電光をかざすと、壁が少し内側へ開いている部分がある。隠し扉だ。
「抜け道……!」
カンナはぞっとした。この村の者たちが、どうして客を誘拐するようなことをしているのか。これまでもやっていたのだろうか。なんのために。
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