第447話 茜色のむこうに 3-3 街道村の惨状

 典型的な、竜に襲われた村だった。村人の死体がまだ残り、カラスが群がっていた。が、数は少ない。なぜなら竜に食われたからだ。いま、村に残っている死体は、竜の「食い残し」である。


 (それにしたって規模が大きい……)


 アートは完全に壊滅した惨状を眺めやり、来たるべき竜属との決戦に思いを馳せた。こちらの「切り札」が完成したところで、うまく成長しなくては、意味がない。


 建物という建物は無残に破壊され、延焼している。まるで虱潰しに攻撃したようだ。中央通りから見渡す限りの光景が、戦場跡のように荒廃して見えた。かつて、都市国家同士で果てのない戦争が行われていた百年ほど前はよくある光景だったのだろうが。まさか百年後に竜に襲われて同じ光景が現れようとは、誰も思わなかったに違いない。異なるのは、作物の略奪がないくらいか。


 しかし、北方では作物を食い荒らす竜がストゥーリア領へ侵攻しているとも聞く。

 (これから、北方は厳しくなるぞ)

 アートは村を慎重に歩き、つぶさに観察した。


 家や家畜小屋はおろか、納屋や倉庫、簡易な物置まで執拗に破壊している。猪竜が無闇に暴れたところで、こうはならない。何者かが意図的に、すべての建物という建物を洗いざらい捜索しつくしたと観てよい。


 (バグルスめ……やっぱり、子供のガリア遣いを探していたのか……? ウガマールのこんな近くまで……まずいな……)


 アートはこの件をウガマールに報告するべく、さらに慎重に調査を始めた。荷物からウガマール紙と羽ペン、それにイカスミインクを出して素早くスケッチし、破壊状況を細かくメモしてゆく。


 しかし、すべてをスケッチするには時間がない。村を探索しつつ、大まかな地図と状況をメモし終えたころには、既に夕暮れが迫っていた。


 「そろそろ帰るか」

 そう思って、メモを荷物へしまおうとしたとき、

 「……たすけてぇ……」

 こんなかすれた声が、「耳元で」した。

 「!?」


 アートは、すぐに分かった。ガリアの力だ。誰かが、声を伝えるガリアを遣って、助けを求めている!


 「おい、どこだ!?」

 アートが叫び、周囲を確認する。瓦礫しかない。

 「どこにいる!?」


 ガリア遣いの少女が、バグルスの執拗な探索から逃れて、まだ生きており、どこかに隠れているのだ!


 さすがに焦った。街道にいた流民たちの話からすると、襲撃から既に二日たっている。瓦礫の下にでもいるのなら、息も絶え絶えのはずだ。わずかな精神力で、ガリアを遣っているに違いない。


 「がんばれ、いま、助けてやるぞ!!」


 だが、そこらじゅうの瓦礫を無暗に掘り起こしはしない。気を研ぎ澄ませ、いまのガリアの形跡を探った。よく訓練された超一流のガリア遣いは、ガリアを感じることができる。アートは、その訓練をたっぷりと受けているガリア遣いだった。


 だが、ガリアはぷっつりと気配を消し、全く分からなくなった。きっと再び気絶したのだろう。


 「ぬ……!」

 アート、戻るに戻れなくなった。



 4


 時間との戦いだった。

 アートの両手には、ガリアである白銀の手甲があった。


 怪力を出すガリアではないが、些少なりとも力は増す。瓦礫を次々と掘り返す。しかし、あてずっぽうで掘ってもダメだ。そのうち、真っ暗になってしまう。そうなったら捜索は難しい。それでも、手甲からはがれた光沢がアートの背後に虹色の光の壁というか、楯を作り出した。本来はこれで敵からの攻撃を防ぐ力があるが、虹色に輝くので、見えづらいが明かり代わりにはなる。


 ガリアには、力の届く範囲がある。アートはあの力の弱さからみて、そう遠くはないと判断したのだ。おそらく、周囲百キュルト以内だろう。すなわち、半径十メートルの範囲内にある瓦礫を、手当たり次第にひっくりかえした。


 薄暮が、セピアを大気へこぼしたごとく周囲を染めてゆく。

 秋の空気が、夜を控えて急激に冷たくなってきた。

 「くそっ……いないぞ……!」


 家を三件と、納屋を二件、物置を四つ、一刻近くかけて地面が見えるまで掘り返したが、誰も発見できなかった。死体は何人か埋まっていたが、みな大人だった。


 「おい、どこだ!」

 アートは汗だくとなり、叫んだ。

 「返事をしろーッ!」

 叫べども、夕暮れ時にカラスの声しか返事はない。

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