第448話 茜色のむこうに 4-1 竜に捕らえられた少女

 「だめか……」

 そう思ったとき、もう一度、

 「……助けて……」


 今度は先ほどよりはっきりと声がした。まちがいなくガリアだ。先ほどは不意に聞こえたので容易にガリアの痕跡を掴めなかったが、今は意識しているので分かる。アートはガリアの気配を辿った。


 意外や、遠い。


 しかも、移動している。それも、少女はおろか人間が走る速度ではない。とんでもない速さで遠ざかってゆく。


 「……!?」


 村を横断し、アートは早足でガリアを追った。村の外れに来て、畑を越え、裏手の森にガリア遣いが間違いなくいる。しかし、そんなことがあり得るだろうか。


 (まさか、罠か?)

 そうとも思ったが、竜が罠を仕掛けるというのも非現実的だ。

 「む……」


 森の手前で、またガリアの気配が弱くなる。森の内部はすっかり暗く、漆黒だった。少し躊躇したが、アートはかまわず下草をかき分け、森へ侵入した。


 気のせいではなく、濃厚な竜の気配がした。ウガマール人はあまり竜と戦った経験がないが、超一流のガリア遣いとして、ガリアが竜をとらえたといってよい。


 また竜のほうも、縄張りへの侵入者に気づいたに違いない。

 明らかに森がざわめいている。


 アートは暗闇の中で、ぎらりと手甲をかすかな星光せいこうに反射させ、藪をかき分けながら、ゆっくりと歩を進めた。


 既に、竜が接近していた。

 至近距離から唸り声と同時に巨大な塊がアートを襲う。

 瞬時に、アートのガリアが虹色の防壁を展開させた!


 二枚、手甲から飛び出て、空中に展開する。激しく明滅し、巨大な主戦竜である猪竜の突進を、二枚で完全に防いだ。激しく虹色が明滅し、バイィン! と、独特の音を発する。


 首が短く、鼻づらから巨大な二本角が出ている型だ。全身がずんぐりと前傾姿勢で、四足歩行、翼はなく、背びれめいた突起がある。尾が長い。それが牙をむき、すさまじい力で地面をかきむしる。さらには、森の中にオレンジの閃光が光った。竜が猛烈な炎を吐きつけ、下草が燃え上がったが、アートの防壁はそれすら完璧に防いだ。


 さらに、もう一枚、防壁が出現する。それは折りたたまれ、剣のような形となってアートの右手に納まった。


 「そうらよおッ!」


 アートは手甲で虹色に輝く剣を持ち、楯代わりの二枚を操って攻撃を防ぎつつ、素早く回りこんで怒り狂う竜の首めがけて叩きつけた。


 ガリアの力で、竜の鱗がバターめいて切断される。鮮血が虹色の防壁へ飛び散って、抵抗の衝撃すらなく竜の首が落ちた。


 大きな胴体が、ゆったりと立ち木を巻きこみながら倒れた。そして、すぐさま二頭目が現れる。明滅する虹色に浮かびあがる次の竜も、同じ種類の猪竜だった。猪竜でも首が長いもの、短いもの、角の位置や数の違うものなど、複数種類いるが、一般的には、すべて猪竜と呼ばれている。猪は昼行性で、あまり夜目は効かないとされているが、的確にアートを襲い、ぶちかましをかけてきた。


 「ぬぅあ!!」

 アートは物おじせず、気合で二枚を展開させ、受け流し気味にやり過ごした。


 しかし猪竜は、直進せず肩口から体重を預けてアートへしかかる。アートは思わずひるみ、下がりつつ、一気に圧し潰さそうになって、あわてて踏んばった。


 「ウオアア!!」


 鬼の形相でガリアを展開し、虹色の防壁が太陽めいて発光する。昼間のように森の一角が明るくなり、竜をし戻した。巨大な猪竜がよろめいて、藪をかき分ける音、ドスドスと地面を踏みしめる音、バキンバキンと立ち木をへし折る音、ゴオッ、ゴルゴル……ドン、ボン! と、竜の胴体が共鳴して鳴る音がした。さらに、竜が大口をあけ、火を吐く動作を見せたので、アートが防壁を変化させた光剣を振り上げ、寸前に喉笛を叩き斬る。首の半分が切り裂かれ、切り口から火が吹き上がって、自らの火で傷口が焼け、かつ自らの血液で火は消えた。竜が肘を折って前のめりに地面へ伏した。


 とたん、周囲をガサガサと大きな物体が移動する音がして、三頭目の竜が逃げるのが分かった。


 同時に、ガリアの気配も遠ざかってゆく。

 少女は竜に捕らえられている!

 「まっ、待ちやがれ、このやろう!」

 アートは叫び、音の方角を急ぎ追った。

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