第446話 茜色のむこうに 3-2 タービノ村

 番頭がだらだらと汗をかく。いったいタービノ村に何が起こったのか、いまどんな状態なのかは、確かに知りたい。まだ竜がいるようなら、引き返さなくてはならない。しかし、これ以上損を出すわけにもゆかない。行けるなら、行きたい。それを判断するためにも、せめて今日はここへ滞在し、村人を介抱しつつ、村へ偵察に行く必要は確かにある。


 だが、隊商からガリア遣いを派遣するのは危険だ。偵察に行っている間、こっちに竜が来るかもしれない。


 「ほ、ほかにガリア遣いはいないのか!?」

 みな、番頭が錯乱して意味不明のことを云っていると思った。いるわけない。


 「村人を連れてサラティスまで行くのも大変です。ここは、大事をとって、ラクトゥスに戻りましょう」


 護衛隊長が最も堅実な案を出した。

 番頭がカエルめいた声で唸った。そうなったら大損だ。

 「おれが、ちょっと、行ってくるよ」

 みな、声のほうを向いた。アートだ。

 「あんた、同行の……」

 「気になる。見てくるだけだ」


 まさか、ただの人間がこんなことを口にできるはずがない。できたとしたら狂人だ。狂人でないのであれば、


 「あんた、ガリア遣いだったのか!」

 みな、眼をむいた。男のガリア遣いは、それほど珍しい。

 「ひ、一人で本当に大丈夫かい?」

 ガリア遣い仲間と知って、副長も心配する。


 「なに、見てくるだけさ」

 「何が気になるんだ?」

 「個人的なことだ。暗くなる前には戻る」


 アートは白い歯を色黒な顔に見せ、手を軽く上げると、村へ向かって歩き出した。その躊躇の無さに、一同が呆気にとられる。


 緩やかな丘陵の向こうにアートが見えなくなってから、ガリア遣いの一人が副長につぶやいた。


 「な、なあ、本当に一人で行かせて、良かったのか?」

 「きっと大丈夫さ」

 「どうしてわかるんだ」

 「私の知ってる人なら、あの人はウガマール大神殿の神官騎士だよ」

 「な……んだっ……て……!?」

 その護衛隊の一人、驚きのあまり、息が止まった。



 アートが気になったのは、村人を介抱しながら独自に聞き取りをした際に、一人の若い母親より、


 「人間と竜を合わせたようなバケモノが、村の少女を襲っていた……」

 という言を得たからだ。

 バグルスである。

 隊商が恐慌状態に陥ると思い、さきほどは黙った。が、いずれ知られるだろう。


 問題は、こんなにウガマールに近いところにまでバグルスが現れている事実と、村の少女を襲っていたという事実だ。


 「村の少女に、ガリア遣いはいたか?」

 と、声をひそめて聞いてみたら、

 「いた」

 と云うではないか。


 (バグルスの野郎、まさか、『あいつ』を探してるんじゃないだろうな……)

 アートは渋面じゅうめんした。まさか、そこまで竜側に情報が漏れているというのか。

 (だれか、間者がいやがるか……!?)

 そう、思わざるを得ない。


 だが、アーリーが竜属を裏切ったことで、遅かれこうなるのは、向こうにも予測はつくことだった。


 (さて、それはともかく……バグルスか……)


 バグルスと戦った経験はない。やってやれない自信はあったが、ここで死ぬわけにもゆかない。偵察以上は、する気はなかった。


 (アーリーめ、お前の怠慢で、バグルスがこんなところにも現れだしやがったぞ)


 心中で悪態をつきつつ、街道からはずれ、村道を通って田園地帯に入り、一刻半、すなわち三時間ほども歩くと、タービノ村が見えてくる。貴重な食料生産地帯であり、竜や盗賊から村を護るため、兵士とガリア遣いがサラティスより派遣されている。


 それが壊滅というのだから、やはり、竜がふらりと気まぐれで現れたのではなく、バグルスに率いられて組織的に襲われたと観てよい。


 風に乗って、焼け焦げた臭いがする。村が焼けた臭いだ。幸い、畑は無事だった。入植者を募り、村を再建することは可能だろう。家畜は、竜に食われたかもしれない。


 盗賊除けの柵もところどころ押しつぶされて破壊され、何頭かの猪竜が入りこんだのが足跡でもわかった。アートは緊張し、ゆっくりと村へ侵入した。村道はまっすぐ村の中央広場につながり、家々が周囲に並んでいた。もっとも、今は全て焼け崩れているか、倒壊している。

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