第442話 神々の黄昏 6 アーリーの旅

 皇帝は目を閉じた。そして、蛇の吐息がごとく囁く。


 「よいか。今は滅びし西の聖地がウガマールよ。聖地ピ=パに対抗するには、向こうの聖地の力がいる」


 「……なんと……仰せ……られる……!!」

 アーリーは愕然として、震えてきた。


 「良く聴け。赤竜の子。サティラウトゥは、聖地の秘神官がゆえあって千年も昔に竜皇を神代かみよへ追い戻し封神ほうしんした。だがこちらでは、竜皇自らが神代へ戻った代わりに、聖地が未だに竜皇と現世をつないでいよる。それでも、赤竜や白竜など、もはやサティラウトゥと同じく、黄昏の向こうへ行って久しい。だが、黒竜や紫竜は、再び現世への顕現を望んできておるのよ」


 「……なん……と……」


 それでは、グルジュワンとアトギリス=ハーンウルムは密かに聖地へ人を送り、竜皇神より神託として直接指示を受けているというのだろうか。デリナも、それに関わっているのだろうか。アーリーは恐ろしくて、その考えを口にできなかった。


 「神代の時代ならいざしらず、この人の世に、神々が黄昏の地より舞い戻るなど……愚かなことよ」


 皇帝はがっくりとうなだれ、先ほどまでの生気はどこへやら、再び玉台の上の半死人のようになってしまった。


 「へ、陛下、お気を確かに……」


 アーリーが立ち上がりかけ、皇帝へまた手を差し伸べようとしたが、皇帝がそれを無言で制した。


 「こ、これは御無礼を……」

 アーリーが両拳を合わせ、平伏した。


 「朕は、あと十年は生きてみせる。だが、黒竜の策謀と毒は深く、紫竜の死はすぐそこまで迫っておる……我がディスケル家を護る黄竜は、我が高祖の勅で、あと百年は出て来まい」


 「百年……でございますか」


 それは、どのような勅でしょうか、と聴こうとして、アーリーは止めた。勅の内容など、尋ねるだけで不遜極まる。


 しかし、百年待てば、出て来るということだ。ダールにとっては百年は長いようで短く、短いようでやはり長い。


 「アリナ=ヴィエル=チィ、其方の旅は始まったばかりよ」

 「は……」


 「けして黒竜と紫竜に気取られるな。白竜と青竜を味方につけよ。黄竜は探しても無駄だ。緑竜を……いや、碧竜へきりゅうを探せ」


 「碧竜を……?」

 「頼んだぞ」

 「謹んで勅を受け賜ります」

 「己が天限儀てんげんぎの導きを信じよ」

 「はは……」

 天限儀とは、ガリアのことである。


 アーリーがまた平伏し、しばし皇帝は沈黙した。そして、いつまでも声がないと思ってチラリと見やると、もう皇帝は消えていた。


 そうなるとやはり夢かと思い、立ち上がって息をつき、窓際へ座る。夜風が心地よい。


 頭の中に、まるで何百回も技術を繰り返したかのように生々しく、皇帝家秘伝のバグルス製造の手順が残っている。


 しかし、すぐにぷっつりと記憶が無くなる。続きは、次の機会に皇帝より授けられるのだろう。


 「やんぬるかな……」

 アーリーは昂奮し、ぼんやりと窓の外を眺めた。

 いつの間にか、雪が止んでいた。

 真冬なのに、一匹の蝙蝠が飛んでいる。

 月が輝いていた。



 6


 その後、十八年間で第七次調査まで行われたが、調査はそこで打ち切りとなった。

 皇帝が崩御したのちも、七年間は調査が続いたことになる。

 そのいきさつは、今後、語られる機会もあるだろう。


 アーリーは、聖地ピ=パや、その守護国であるホレイサン=スタル、そしてアトギリス=ハーンウルムにも行ったようであるが、定かではない。足どりそのものが、カンチュルクのパオン家によって秘匿されていたという説もある。


 そして、ほぼ五十年の後、アーリーの姿を、サラティスに見つけることができる。


 かつての名だったカルム=アンよりとって、サラティスで竜退治を行う自らの組織を、アーリーは「カルマ」と名付けた。


 まだ、アーリーの旅は続いている。



 短編「神々の黄昏」 了

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