第436話 神々の黄昏 3-4 施設見学
「ラルポスっていうんですって。……将来は、次のダールとして目覚めるかもね。ガラネルに対抗するには、いずれ白竜にも協力を仰がなくては。それと青竜と、緑竜……この二人は、どうも『向こう』にいるというわよ」
「向こう……か……」
向こう、とは、サティラウトウ文化圏の都市国家群のことである。
「千年も前に竜皇神を滅ぼしたという連中だ。ダールがそんなところで、なにをしているのやら、だな」
「とにかく、まずはグルジュワンに残るバグルス製造技術を見てもらうわ」
「有り難い」
「まずは、これ、空けちゃいましょう!」
デリナが白磁の大瓶を掲げ、酒を杓で救うとアーリーの杯へ注いだ。
アーリーが、目を細めて、その透明な液体に光る燭台の火をみつめた。
翌日、デリナは、自分の自宅兼研究棟の建物よりほど近いところの、高塀が張り巡らされ、大きな門を厳重に兵士が警護している遺跡めいた施設へアーリーを案内した。
そのアーリーを見て、兵士達があからさまに当惑する。
「何をしておる」
門を開けないので、デリナが、冷たい眼で兵士たちをにらみつけた。
礼をして、兵の一人が転げるようにどこかへ行った。すぐさま、警備隊長らしき中年の兵士と、施設長めいた役人が飛んでくる。二人して両拳を握り立礼をして、
「畏れながら申し上げます」
「申し上げられずともわかるわえ。陛下より、何をきいておるのか!」
「ハ、ハハッ」
礼をしたまま二人は恐縮し、震えあがった。
「アーリーは帝都に於いて我が国の言上に協力頂ける。その見返りとして、カンチュルクでもバグルス製造復活の手助けをすることになっておる。とっとと通さぬかえ!」
「デリナ、それとこれとは話が別ぞ」
威圧的な声がして、何の役目なのかもわからないお供を何人もぞろぞろと従え、王族の冠をつけた青年が現れた。衛視や下級役人たちはいっせいに地面へ平伏し、デリナとアーリーも立礼でそれを出迎えた。
グルジュワン王の甥、王太子の従弟にあたる、ガーランジャワン親王である。
身なりがそれとなく質素なのは、公式の参上ではなく私的な声かけだからだ。
親王も敬意を表し、アーリーへ礼をした。続いて、お付きの者たちも人形みたいにうちそろってそれへ続く。
「デリナよ、カンチュルクへの協力は、そなたがバグルス技術を資料と口頭で伝えればよいこと。施設を見せる必要はない」
「
デリナは礼の姿勢のまま、抑揚の無い声で答えた。
「この施設の最高責任者は、余であることを忘るるでないぞ」
「御意……」
デリナがさらに、両拳を握った手を掲げて深く礼をする。確かにその通りで、デリナは云うなれば主任教授にすぎない。
「と、いうわけである。赤竜のダール殿。いかに友邦国とはいえ、さすがにここはまずい。察されよ」
アーリーも仁王立ちで親王を見下ろしながら、両拳を当てて、礼をした。
「私は、かまいませぬ」
「聞き分けの良いことを感謝する。では……」
親王は軽く礼をし、薄ら笑いを残して、去って行った。
デリナが、顔をしかめてその背中へ舌を出した。
「おっもしろくないなあ。あいつ、なんにもわかってないくせにぃ……」
その夜、デリナは荒れた。ただでさえ度の強い黒竜酒を、瓶を抱えて杓ですくってあおり、痛飲する。
さすがのダールも、酩酊していた。
「おちつけ、デリー。私はかまわない」
「アーリーがかまわなくても、あたしの面目はどうなるってぇのよ!!」
デリナが牙を剥き、ざわりと毒気をふりまいた。
灯に集まっていた虫が、ぞろりと落ちた。
「おちつけ。……使用人を殺す気か」
デリナの力が、知らない間にあふれているのだ。本来、ダールの持つ戦いの力は、この時代はあまり使われない。ダールというのは、ほとんど政治家か官僚と化している。アーリーも、ダールとしての力を持てあましていた。
(このままでは、いずれダールというものは、生まれなくなるのではないか……)
アーリーはそこまで考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます