第435話 神々の黄昏 3-3 ささやかな宴

 「アーリー、帝都へ行けるわよ」

 屋敷を訪れたアーリーを出迎え、デリナが笑顔を見せた。

 「分かっている」

 「相変わらず仏頂面ね」

 「こういう性分だ」

 「分かってる。陛下への謁見は、明日。今日は、いろいろと相談が」

 「私もだ、デリー」


 二人は、約一か月ぶりの再会を祝し、ささやかな宴を開いた。グルジュワンの料理は、手のこんだ米粉を使った麺や生地で具を包み蒸したり茹でたりするものが多く、米もそのまま御強おこわとして蒸して食べる。肉も多いが、魚や、なにより野菜が多い。アーリーはあまり野菜を……特に葉物野菜を食べる習慣が無かったが、グルジュワン生活ですっかり食べられるようになった。また、スープ料理が豊富なのも特徴的だ。なんでも汁にして出てくる。南部らしく様々な得体の知れない野生動物、薬草や茸、木の実、根、皮、食用の虫まで薬効豊かということでスープになる。アーリーは、さすがに恐れ入った。


 基本、デリナの屋敷には何人もの厨師がつくが、デリナもダールとなる前は、独り暮らしで料理は自分で作っていた。米粉による蒸し餃子を、デリナのために手ずから作って用意していた。


 酒は、グルジュワン名物の度の強い蒸留酒が、数種類ある。使う米や麹の種類によって、風味が異なる。


 二人ともダールなので、とにかく食べる。七、八人前はあるそれらの料理を、たわいもない世間話をしながら、あっというまに平らげる。酒も、水を呑むがごとしだ。


 「ああ、楽しい……」

 ほろ酔いで、デリナが屈託の無い笑顔を見せる。


 「アーリーと知り合いになれて良かった。なにせ、あたりまえだけど、ここじゃダールは私一人だし……とにかくやることが多くて疲れるし……友達が誰もいないの」


 「だろうな」

 「アーリーも、そうなの? カンチュルクでは?」


 「カンチュルクでは、ダールはここほど地位は高くない。どちらかというと、単身将軍のようなもので、一人で一軍に匹敵する戦力にすぎない。その戦力と単身という身軽さを持って、国にいいように使われる……そんな存在だ」


 「国によって、いろいろね。赤竜はこき使われ……黒竜は陰謀の中枢で仕事をし……そうだ、仕事といえばアーリー、相談が」


 「なんだ」

 「バグルスなんだけど」

 アーリーは、杯を置いた。

 「バグルスがどうした」


 「カンチュルクではしばらく作ってないはずだし、製造施設も、もう使い物にならないのじゃなくって?」


 「そのとおりだ」


 「グルジュワンでも、百年前の施設を参考に、新しくバグルスを作ろうという話になっているの。協力してくれるかしら? もちろん、技術はカンチュルクと共有する」


 「見返りはなんだ?」


 アーリーは直球で尋ねた。思惑の探り合いは性に合わない。デリナは、そういうアーリーを気に入っていた。探り合いしかしないグルジュワンでは、アーリーのような性格は稀少であり、まるで一服の清涼剤だった。


 「帝都で、皇帝家の高完成度バグルスの技術供与を、いっしょにお願いしてほしい」

 「皇帝にか……」


 さすがに、アーリーも驚いた。黄竜こうりゅうのバグルス技術は確かに最高度だと伝え聞いているが、その技術を伝承する黄竜のダールがもう二百年も現れていないのに。


 「ふうむ……」

 アーリー、腕を組んで考えこんでしまった。


 「皇家へ無礼は承知……本当に皇家の人間がその技術を有しているかどうか、賭けでもある。知らないかもしれないし、知っていたとしても、断られるやも。いいえ、断られるでしょうけど、是が非でも入手したいの。なぜって、ガラネルやカルポスは、まだ百年前の技術を伝承していて、再び自分たちで作り出しているというわ」


 初耳だった。

 「そうなのか。既にか」


 「既に、よ。ガラネルは、黄竜探しにバグルスを使ってるのよ。考えたわよね。一人じゃ到底無理だし、バグルスはそういう仕事のために本来あるものだもの。カルポスは、子供が生まれたというから、きっとその子の養育に使うつもりなんだわ」


 「さすがに情報が速いな……白竜のダールなど、もう何年も極北から出てきていないだろうに。そうか……当代に子が生まれたのか」

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