第434話 神々の黄昏 3-2 バグルス

 アーリーが国元へ戻るのは、この三か月で、これで七度目だった。幸いアーリーは竜騎兵ガルドゥーンでもあるので、飛竜を駆り、移動は数日で済む。だから可能だった。デリナでは、陸路を往きカンチュルクとグルジュワンの往復だけで半月以上を要する。


 もちろん、アーリーはただ行事や儀式へ参加するために戻るのではない。グルジュワンの内情を逐一報告するためだ。また、それはグルジュワンでも分かっていることだった。


 翌日、グルジュワン藩王のガルドワン四世へ挨拶し、アーリーは一時帰国した。藩王は七十に近い老爺で、慎み深く、静かにアーリーへディスケル皇帝家への忠節を説くのだった。


 (自ら皇帝へならんとしているアトギリス=ハーンウルムは論外だが、カンチュルクが親王家へ帝位を移すことを画策していることが知れたら、どうなるのだろうな)


 竜の背中で風を受けながら、人の好いガルドワン四世の顔を思い出して、アーリーは複雑だった。


 (どちらにせよ、早く帝都へ行き、書庫を確かめねば……)

 季節は初夏とはいえ、上空の空気は冷たい。



 カンチュルク王と内大臣とアーリーで、もう何度、密議を行っただろう。特にアーリーは、王と大臣が死んだ後も、このはかりごとを次代に引き継ぎ、導いてゆかなくてはならない。


 「グルジュワン王は人物ができている。しかし、余より老い先短い。グーリードゥワン王子は、政には凡庸の趣味人……恐らくダールや諸大臣、諸貴族の傀儡となり、グルジュワンの政は、しばし停滞するだろう。そう、少なくとも三十年は……。その隙に、我らはことを進める。もっとも、アトギリス=ハーンウルムの野望を阻止することができたならば、その限りではない……。限りではないが、親王家は既にその気だ。アトギリス=ハーンウルムの思惑にかかわらず、皇帝家は親王家へ帝位を譲ることになる。なに、なったらなったで、グルジュワンは新しい皇帝家へこれまで通り忠節を尽くすだろうよ。現家とて、七十年前に、本家をさしおいて従弟筋が皇帝になったのだからな」


 クイン酒を飲みながら、カン=ギヨム八世が何度も同じ話を確認した。


 「しかし陛下、七十年前は、皇帝家にお世継ぎがおられませんでした。今回とは事情が異なりましょう。皇太子様、皇太弟様がた、皇孫様がた、男子はしめて十人……すべてお隠れいただくのは困難にして不自然……アトギリス=ハーンウルムとて、それは分かっているはず。やはり、黄竜こうりゅうのダールこそが、すべての鍵を握りましょう」


 どうしても、そこになる。何をどう考えても、そこになるのだ。だから、グルジュワンでも、カンチュルクと協同している。アトギリス=ハーンウルムに、黄竜を渡してはならない。


 「見つけてしさえすれば、アーリー、分かっておろうな……」

 「分かっております」


 デリナとも、ガラネルとも、戦う覚悟のあるアーリーであった。いや、黄竜のダールがどちらかにつけば、黄竜をも殺してしまう覚悟だった。そうすれば、次の黄竜のダールが現れる。それを味方にすればよい。


 その日、三人は深夜まで話し合った。



 その後、一か月ほどアーリーはカンチュルクで仕事をして過ごしたが、夏も盛りになってきたころ、グルジュワンより連絡の伝書小竜がやってきて、密書を届けた。首に金属筒がくくりつけてあり、黒竜の紋章が刻まれている。アーリーはそれを開け、中より丸まった証書を出した。


 「デリナ殿はなんと?」

 内大臣が、手紙を読むアーリーへ皺だらけの眉根をひそめて尋ねる。

 「帝都へゆく許可がおりたそうです」

 「ほう……」

 「グルジュワンへ行き、支度が整い次第、帝都へ行ってまいります」

 「陛下にご報告を」


 二人がカン=ギヨム八世へ目通りを願い、翌日、さっそく狭い密室において、三人で打ち合わせをする。


 「……バグルスですか?」

 「そうだ」

 カン=ギヨム八世は、重々しく云い放った。


 バグルスとは、かつてダールたちが使役用に作り出した人工的な半竜人ダールのことだが、ここ百年ほどは作られていない。バグルスを使うほどの仕事が、次第に無くなったためだ。


 「このままでは技術も失われてしまうだろう。現に、新しいダールのおまえたち、誰も作り方を知るまい」


 「確かに……」


 「グルジュワンで、バグルスの再現を試みると聞いている。また、帝都の書庫に、古い高性能なダールの作り方がねむっているはずだ。それを、得てまいれ」


 「かしこまりました」

 アーリーはグルジュワンへ飛んだ。

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