第437話 神々の黄昏 4-1 帝都

 「アーリーが良くっても、わたしゃあねえ……」


 デリナが酔いつぶれてしまった。こんなデリナを見るのは、初めてだ。椅子の背へ斜めにもたれかかり、眼鏡もずれ、いまにも床へ落ちそうだった。使用人が助けようとしたが、アーリーがそれを止め、自らデリナへ肩を貸して抱きかかえた。


 服や髪へ焚き染めている、香の良い香りがした。

 デリナの頬へ、薄いそばかすが見える。



 それからしばらくし、親王の云う通りアーリーへ渡すバグルス技術のなるべく詳しい解説書をデリナが作成していると、王宮から使者が来て、いよいよ帝都へ行く日取りが決まった。四日の後、アーリーの飛竜を使い、空路で行くことになった。デリナは陸竜に乗って行く案もあったが時間がかかりすぎるし、ここはカンチュルクへ借りを作ることで宮廷内が落ち着いたようである。


 「きっと陛下が、うまくとりなしてくれたのね。この『借り』で、アーリーに施設見学の許可が下りるかも」


 デリナは機嫌がよかった。


 問題は、デリナは飛竜に乗ったことがないということだった。アーリーは二人乗りの鞍を準備し、お供にグルジュワンの竜騎兵ガルドゥーンから選りすぐりを二人選んで、荷物を預けることにした。


 鞍は、こんなこともあろうかと目ぼしいものを既に見繕ってあったので、すぐにデリナの訓練がはじめられた。


 実質一日の訓練で、デリナは、なんとか悲鳴を上げなくなるほどまでには至ったが、あとはもうどうしようもない。無理やり行くしかなかった。その隙に、既に飛行線上の国々へ、通行及び滞在許可を求める伝書が小竜によって放たれている。


 当日、藩王へ出発の挨拶をし、関係者の見送りを受け、暦上は秋だが、まだまだ晩夏のグルジュワンを、厚着をした一行が勢いよく飛び立った。



 4


 夏も終わりのころ、北方に位置する帝都ヅェイリンでは、もう気温がグルジュワンの晩秋めいて空気が冷たい。先々代の王朝より約六百年間引き継がれている巨大な宮城の専用の庭に、真紅で巨大な翼の赤雲飛竜は降り立った。だだっ広い敷地もることながら、かつて平原の只中にそびえていたという神山を利用したという、圧倒的に巨大な山城が帝都の真ん中にそびえている。アーリーたちはその中腹あたりの、出城の一つに降りたのだ。


 人口百万超の、世界一の巨大都市であるヅェイリンは、デリナもアーリーも初めて訪れたが、その城郭と街並みの巨大さに、上空から見ても圧倒された。いや、上空から見たからこそ、圧倒された。自分たちの王宮のある首都が、とんだ地方都市だと思い知らされる。


 「どう、どう、ほっほぅ」


 手綱を引き、愛竜ケロを落ち着かせ、アーリーは宮廷車竜課の係員へ預けた。お供の竜も、続く。


 初めて竜の背に乗って旅をしたデリナは、よろめくように地へ足をつけた。約七日をかけて、グルジュワンより各国の上空を通って帝都まで来た。四十七諸藩のうち、大国であるアトギリス=ハーンウルム、カンチュルク、グルジュワンの三国は格別の政治力を持っており、その他の四十四藩は有象無象であるから、四四よんよん諸藩しょはん聯合れんごうを形成して大国へ対抗している。しかし、とうぜん、大国は聯合の内部に手を入れ、四十四の諸藩はそれぞれ赤竜派、黒竜派、紫竜派、そして黄竜(皇帝)派、さらには聖地派、無所属に分かれ、魑魅魍魎の集合体だ。アトギリス=ハーンウルム派の藩からは上空通行及び着陸滞在許可が下りずに、妙に回り道をしたので遅れた。通常は、グルジュワン王都リリンジュから、直線で飛竜行五日の距離であった。


 「大丈夫か、デリー」

 デリナが額を押さえながら呻いた。

 「少し休みたい」

 「皇帝陛下への謁見は数日後になるだろう。それまで、休ませてもらおう」


 云うが、宮廷へ何千人といる役人の内の一人が、二人を迎えに来た。ダールである二人へ丁寧に礼をし、帝国の共通語である北部ディシナウ語で、甲高い声を出した。すると、宦官か。


 「ようこそおいで下さりました。手続きは、所持万端整ってございます。お二方に於かれましては、まずは宿舎でごゆるりとお休みを」


 城内の専用宿舎へ通され、役人は行ってしまった。後は、呼びに来るまで辛抱強く待たねばならない。


 「数日なんて甘いわ。一か月や二か月は、覚悟したほうがいいわよ、アーリー」


 石炭暖房の熱を床下や壁へ通す構造で、建物全体が暖かかった。豪華な寝台へ横になり、デリナは息をついてそう云った。


 「そんなにか」

 「グルジュワンの数倍の手続きがあると思ったほうがいいわ」

 「書庫閲覧は、年末になるか」

 「その可能性はあるわね」

 「時間の止まった暮らしをしているな」

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