第397話 蝸牛の舌 8 蝸牛
「殺せ!」
「村はお前なんかに渡さないぞ!」
「よそ者のガリア遣いが!」
「死ね!」
一斉に喚きたて、武器や農具を打ち合って威嚇する。
もう、死に物狂いだ。叫びながら、ガリアを振り回して水圧刃を叩きつける。
「ギャア!」
その攻撃が、一人の胸元をまともに切り裂いた。集団がざわめいて、輪が遠ざかる。
「村人をガリアで殺したな。もうおしまいだ」
ドレイソの声がした。しかしラカッサは、どこにドレイソがいるのか、錯乱して分からなかった。幻覚のように、自分を取り囲む明かりがグルグル回って見える。
「こいつ、こいつ!」
ただただ、水の刃を周囲へ飛ばしつける。
「ラカッサ、あきらめろ!」
「どうしてだ、どうして倒れない!」
ラカッサのガリアは、とっくに消えてしまっていた。とある村人を切り殺したのは、ラカッサなのか、それともドレイソなのか、分からない。ただ、いま、ラカッサは、素手で右手を振り回しているだけだった。
「ウオラァ!」
裂帛の気合と共に、ドレイソの剣がラカッサの鎖骨のあたりに叩きこまれた。骨の折れる音がして、ラカッサの潰れたカエルのような低い悲鳴も聞こえた。そして、ドレイソは素早く片手剣を再び振りかぶると、ラカッサが崩れる前に二撃めを前頭部のあたりに打ちこんだ。頭蓋骨が砕け、ラカッサは即死して、草むらに横たわった。
8
その後の経緯は、特筆するようなことはない。サラティスの取締官が来たのはもう秋口であったし、村人総員で強靭かつ辛抱強く抗議を続けていたら、夏ごろ出て行ったと説明したら、あっさりとサラティスへ帰って行った。
ドレイソの株が上がり、流石に竜は退治できないが、村内の治安維持と、人間の盗賊を相手にする自警団として評価と地位を得た。
竜も大変だが、実は、人間の盗賊が増えていた。
サラティス近辺で竜の出現率が増え、農村に被害が増えるにつれ、食料事情が厳しくなる。そうなると、竜の出現率が低く、食料基地として価値の上がったバソ産の家畜や加工品をねらう盗賊がじわりと増えてきて、竜より被害が大きくなってきた。衛視隊の数も、五人から二十人に増えた。ストゥーリアから衛視時代の知り合いも呼び、二人を副隊長にした。ドレイソは、村の軍事権を事実上一手に握った。
そうなると、人間だ。
ドレイソの態度は必然、大きくなる。ダブリーの右腕とも腹心とも称され、その権威と権力、影響力は、ダブリーに匹敵しはじめた。
実家の鍛冶屋は、しかし、そんなドレイソとは距離をとった。
またドレイソも、特段目をかけることもしなかった。
年が明け、春が来た。
冬の間はパウゲンから強烈な雪風が吹きおろし、滅多なことでは竜は近づけない。したがってガリア遣いを呼ぶ必要もなかった。
暖かくなり、人々は春の訪れを喜び、春祭りが開かれ、衛視隊も日ごろの苦労を労われる。屈強な戦士たちなうえ、村直属なので実入りもよい衛視たちは若い女性によくもてた。
ついつい酒場で、口も大きくなる。
「次の村長はドレイソ隊長だ」
「サラティスへの卸しも、護衛のおれたち次第だ」
「村の経営にもそのうち手を出す。そうなったら、こいつ、村はおれたちのものだ」
ドレイソに気のゆるみはないつもりだったが、二十人からなる部隊を率いた経験はなかった。
ダブリーの恐ろしさを、ドレイソは分かっていたつもりだった。
春祭りから遠くもない、ヴァゲルテス帝月の十三日だった。牧草の伸び始めたころ、天気の良い穏やかな日に、村の端の牧場より不審者発見の報が入って、ダブリーは隊長室のドレイソを呼んだ。
「出動ですか?」
「集団らしい。しかし、なに、物見だろう。春になって様子を見に来たんだ。森に隠れて、今年の牛の出産状況はどうだろう……とな。ひとつ、脅かしてやってくれないか」
「わかりました。半数ほどで、バソ衛視隊を見せつけてやりますよ」
「頼んだぞ。頼りにしている。春はそういうのが多い。覚えておけよ」
近頃ダブリーは、自分の仕事の引継ぎのような物云いも増えてきていた。ドレイソのやる気は、いやでも高まる。
「おまかせを」
「処置は、まかせる」
それは、殺してもよい時の指示だった。その時は、ドレイソは自ら出張る。
「おかませください」
ドレイソは意気昂揚と、副隊長の一人を含む控えていた九人と出発した。
その、夕刻である。
日もずいぶん長くなった。
村人が何人も、息せききって役場へ飛んできた。
「ダッ、ダブリーさん、と、と、とと、とんでもねえ!!」
「どうした」
「賊じゃあねえ、竜だ、竜が潜んでました!」
「竜だって!?」
「ドレイソさんを含めて、衛視隊の皆さんが……」
「衛視隊がどうした」
「く、食われ……」
そこで村人たちは、ダブリーがやけに落ち着いて、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、口元もゆるんでいるのに気づいて黙りこんだ。
「そいつはたいへんだ。急いでサラティスへ伝書を飛ばし、ガリア遣いを呼ばないと」
ここちよく薫風の入ってくる開け放たれた窓の桟を、大きな
短編「蝸牛の舌」 了
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