第396話 蝸牛の舌 7-3 狩り
「ちが……ちがうんだ……待ってくれ……」
ラカッサ、さすがに動揺した。
「衛視隊長を呼べ!」
ラカッサは立ち上がり、抵抗する素振りを見せたが、そこは冷静に窓を突き破って隣の棟の屋根へ乗り移って逃げた。
「逃がすな、狩り出せ!!」
リデルの指令で、パウゲンの夜明け亭を筆頭に宿屋組合から男たちが手に手に松明とランタン、そして手斧や短剣、鉈などの武器を持って、続々と集まった。
雨も上がり、すっかり暗くなって、やっと二人の人間を森の端へ埋めたドレイソたちが村へ戻ってくると、もう松明やランタンの灯が広場に集まって、騒然としていた。
「なんだ、おい、どうしたんだ!?」
「ドレイソ、どこへ行ってた!」
殺気だって、リデルが叫んだ。
「どこって……」
ダブリーの秘密指令であるから、軽々しく口にはできない。
「ラカッサのやつが、うちの支配人を殺しやがった!」
「まさか……」
「何がまさかだ!」
リデルがますます殺気だち、松明の明りにもわかるほど顔を紅潮させている。ついにやりやがった、という勢いだ。
「まあ、まて、落ち着け。相手はガリア遣いだ。慎重に追いこめ」
ダブリーだった。リデルも、さすがに口を閉じる。しかし、鼻息は荒い。
「ドレイソ、指揮をとるんだ」
「はい!」
敬礼し、衛視隊をそれぞれ隊長にして、村の各所に探索へゆく。見つけたら近づかずに笛だ。人々は手持ち武器のほか、農具や、長い棒の先に鉄で刺や
「逃げたのは、いつですか」
「今し方だ。街道の出口は固めてある。ドレイソ、狐狩りのつもりでやれよ」
「もちろんです」
ドレイソが、素早く村人を分散させた。
その移動する明かりの列を、暗闇よりラカッサは息を荒げて見つめていた。既に村の街道出入り口は、パウゲン側もサラティス側も見張りが立っていた。もちろんガリアを遣えばあの程度の見張りを突破するのは
だが、たとえそうするにしても、着の身着のままでパウゲン連山を越えるのは至難だった。厳重登山装備ですら、十日はかかる行程なのである。
なんとか、村人に気づかれないように、森や畑、牧草地を抜けて街道に出て、サラティスからウガマールまで逃げてしまうか、連山まで戻って途中から脇街道を抜けラズィンバーグまで行くか、距離的に厳しいが西へ出て港町リーディアリードまで行き、船でどこかへ逃亡するほかはないだろう。
「……チクショウ、どうして……」
一夜にして運命が狂ってしまい、ラカッサは涙が出てきた。
「どこから、何が違ってたんだ……」
嘆いていても仕方がない。いまは脱出にすべてをかけなくては。
「こっちを探せ!」
怒声がして、ラカッサは戦場で隠れる敗残兵めいて惨めに身を震わせた。幸い、既に真っ暗だったので、連中が行ってしまえば、牧草地に抜けられるだろう。
しかし、敵も
犬の声だ!
何頭か、番犬を連れている!
「こっちがくさいぞ!」
「犬どもが何か見つけやがったぞ!」
人々の声と、猛然と吠える犬。そして、群がる松明の明かり。ラカッサは正念場をむかえた。
「かまわねえ、放せ、けしかけろ!」
まずい、と思った時には、草をかき分けて迫る気配。犬の鼻息。唸り声。
たまらずラカッサ、ガリアを出す。
「ぎゃん……!」
暗闇へ遮二無二切りつけた曲刀に、先頭の犬が真一文字に斬られて転がった。
「いたぞ!!」
「人を呼べ、こっちだ!!」
「逃がすんじゃねえ!」
人々の怒り具合が、異常なほどだった。それほどの悪事を尽くしてきたつもりもなかったラカッサは、どうしてそこまで憎まれているのか理解できなかった。
(そりゃあ、好き勝手にやらせてもらったさ……でも、ちゃんと竜も倒したのに……)
森を抜け、追いすがる犬を何頭もガリアで叩き切った。雲が流れて月が出て、牧草地に影が伸びた。
「あっちだ、回りこめ!」
松明とランタンの明かりが、確実にラカッサを追いこむ。
まさに、集団に狩られる狐だった。
暗い中、ガリアで草を薙ぎ払いながら走っていると、方向が分からなくなってしまう。どちらが南街道に出る荒野へ続く方角だったろうか。
「ハア……ハア……」
息が切れ、目もくらんできた。ガリアは精神力だった。竜を容易く切り刻むガリアも、追い詰めれた心に伴い、消えかかる。
犬が追いすがる。この村の、どこにこんなに犬がいたのか。今まで、全く気にも留めていなかった。
「チクショウ、やめろ、近づくな!」
水の刃がほとばしり出る。甲高い犬の悲鳴が月夜に突き刺さった。
狂乱した狼のような集団ヒステリー状態の村人が、ついにラカッサを取り囲んだ。
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