第394話 蝸牛の舌 7-1 ダブリーとの交渉

 「ジーアさんからな」

 三人はしかし、人など殺したことはない。びびって、足も出なかった。

 「おい、貴重な実戦訓練だぞ」

 「で、ですけど……」

 確たる罪状もなく、いきなり顔見知りを処刑するのだ。気後れもする。


 「ダブリーさんには、正直に報告するからな。おれは、あの人のほうが恐ろしい」

 それが決め台詞となった。

 ダブリーが恐ろしいのは、みないっしょだ。

 三人ほぼ同時に立ちすくむクレールへ体当たりし、剣で三方向から串刺しにした。

 震える手で、また三人同時に離れると、どっとクレールが血を流しながら倒れた。


 地面へ並んで横たわる二人の死体へ、ドレイソはやや憐憫れんびんの眼差しを向けた。


 「……せめて埋めてやるか。おい、すきを……」

 「こら、うちの敷地にうめるやつがあるか」


 そう云われ、振り向くと牧場主のジーアだ。歳は七十に近い。痩せて剥げており、目つきが鋭い。強欲爺で通っている。ダブリーの取り巻きだった。


 「さんざ、村へ迷惑かけやがって、いい気味だ」

 ジーアはベルケーラへ唾を吐きつけた。

 「では、どこに?」


 「森に捨ててこい。……というわけにもいかないか。竜が来たら困るからな。遠くへ埋めてきてくれ。道具は貸すから」


 その偉そうな物云いに衛視たちは色めいたが、ドレイソは素直に従った。荷車とくわすきを借り、死体を荷車へ乗せ、五人で運んだ。


 「こんなこと……」

 「けっきょく、衛視隊と云ったって……雑用係と変わらないんじゃないですか……?」


 部下の繰り言を聴きながら、ドレイソは苦虫をかんでいた。

 「まあ、まて……今に……村の仕組みをすっかり変えてやるさ……この機会にな……」

 雨が降ってきた。



 7


 ダブリーに呼ばれたラカッサ、充分に注意しながら(すなわち、いつでもガリアを出せるよう気を張って)役場の奥の応接室で面会した。


 「やあ、まあ、座ってください」


 相変わらず表層的な笑顔を浮かべ、着座を促す。ラカッサは警戒を悟られないよう、こちらもあくまで普段通りに、


 「珍しいですね、こんな……」

 「どうですか、最近の、竜の警戒態勢は」


 毎日ほとんど遊んで暮らしているのを誰よりも知っているくせに、いかにも三人が村のために働いているような口ぶりだ。


 「ベルケーラの予知は、あくまで予知ですし、外れることもありますが、季節がら、夏の内に一、二頭は出る可能性が高い。見回りを強化しましょう」


 ラカッサも、これまでと同じような答えを返す。二人は何度も直接やりあっており、冬の、年も押し迫ったころには、面と向かって、


 「今すぐ村から出ていけ!!」

 とまでダブリーは云い切っているし、ラカッサも、


 「出ていくのはいいが、正当な理由なくコルテの組合員を追放して、次に竜が来ても組合が助けてくれると思うなよ?」


 と、こちらも断言している。


 確かに、竜が出るとガリアで予知され、あくまで厚意と任務で残るコルテのガリア遣いを村が自分らの都合で勝手に追い出すかっこうになってしまう。まだ、竜退治という仕事が体系化されていないので、ダブリーも対策が手探りなのだった。


 しかし、もうそれもおしまいだ。

 いまのダブリーの仕事は、時間稼ぎだ。

 「それはけっこうです。しかし、いつまでもこの状況では……」

 「またその話ですか」

 「今日は、良い話です。いっそ、村専属の竜退治人になってくれませんか」

 「へえ……」

 ラカッサは意外だった。そんな話は、想像もしていなかった。


 「分かってくださいよ。私の立場もある。まさか、年老いて死ぬまでここでそんな暮らしをするおつもりで?」


 「む……」


 「正式に村へ迎えますから。もちろん、私の直属になるので、肉卸にくおろしの仕事を手伝ってもらっても構いません」


 「ほう……」

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