第393話 蝸牛の舌 6-2 バソ村衛視隊
本当は、パウゲンの夜明け亭へドレイソが現れるのをガリアで予知したのである。ラカッサへ云う前に、彼女が役場へ呼ばれてしまったので、避難しに来たのだ。
そのことを正直に云えば、災難へ巻きこまれるのを恐れたクレールに断られるかもしれない。それが恐かった。
「すみません、僕は、朝食がすんだらまた作業へ戻らなくてはならないんです」
「ああ、もちろんいいよ。行っといで。そうだ、掃除をしておいてやるよ」
「本当ですか?」
クレールは破顔した。そのえくぼの浮いた笑顔が、また愛らしく、ラカッサのお気に入りだったし、色気より食い気、飲み気のベルケーラですら、酔いもあって二度ほど抱いたことがあった。
「もちろんだよ」
クレールは黒パンと豆スープを食べ、せっかくなので生ハムをうまそうにいただいた。
「おまえはいいやつだな。腐りもせず、他人のものになった自分の家で下働きしてさ」
「村を出ても、野垂れ死ぬだけですから」
「そうかい」
自分も似たような境遇のベルケーラは、どうにも感情移入してしまう。年の離れた弟にも思える。自分はガリアが使えたからサラティスで竜退治をできたが、そうでなくばいまごろどうなっていたか。それこそ、ストゥーリアで冬を越せずに野垂れ死にしていたかもしれない。
そんな二人をドレイソと配下四人のバソ村衛視隊が強襲したのは、その時だった。
ドアを蹴破って、ドレイソが踊りこむ。既に抜剣している。
尾行されていた! ベルケーラが奥歯をかんだ。ちょうど、宿を出るベルケーラを、遠間でドレイソが目にしていたのだ。
「ベルケーラ、村人を扇動し、ありもしない架空の竜退治で村へ居座っていることは、詐欺行為としてコルテに報告してある。サラティスから取締官が来るまで、拘束する」
「だからって、既に剣を抜いているのは物騒じゃないか。順序が違うだろう?」
云いつつ、逃げ場を探す。が、狭い小屋で逃げ場はなかった。
「そうです、ここは私の小屋です、剣を納めてください!」
クレールがベルケーラの前に立ち、抗議した。
「ジーアさんには、話をつけてある。下がっていろ」
ジーアとは、牧場主である。
クレールはしかし、云うことを聞かなかった。
「剣を納めて下さいと云ってるんです!」
ドレイソが、冷たい眼で若者を見た。
「しょせん、こいつらの取り巻きか? クレール。おまえも同罪でしょっ引くぞ」
「こいつに罪はないよ!」
ベルケーラがクレールの腕をとって、下がらせた。
「分かった。一緒に行けばいいんだろ? そいつに、迷惑をかけないでくれ」
ベルケーラのガリアは、予知画像を映す青銅盤だ。抗って戦うことはできない。
「よし。縛れ」
村の若いのをスカウトし、突貫で剣技を仕こんだ。その衛視が一人、入ってきてベルケーラへ縄をかける。
その時、ベルケーラの手にガリア「
武器ではないとはいえ、大きな青銅の盤である。不意打ちでこめかみを打たれ、衛視は昏倒した。
脱兎のごとくベルケーラが駆ける。
ほかの衛視はひるんだが、ドレイソは違った。
ベルケーラがドアから飛び出た瞬間、もう、その背中へ剣先が届いていた。
「アアッ……!」
激痛と衝撃によろめく。
無言で、ふらつくベルケーラめがけ、小屋を出たドレイソが首筋の急所へ剣を打った。
首の骨が折れ、刃が喉まで突き破って、血潮を吹き出し、ベルケーラは即死した。
「こ……こんな無法な!」
クレールが叫んだ。
「衛視隊だって!? いつのまに村にそんなものが……何の権限でこんなことを!?」
ドレイソは無言で顎をしゃくった。ベルケーラより不意打ちされ、頭を押さえながら小屋の中でまだ尻もちをついている一人を除いて、残る衛視三人が剣を抜く。
クレールが息をのんだ。
「おまえは、大して必要もないとさ。逆らったら殺してよいと云われているんだ」
「そん……な……」
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