第390話 蝸牛の舌 5-1 それぞれの思惑
ドレイソは腹をくくった。
「殺しました」
短く、云い放つ。
意外さと、案の定という感情がちょうど半分ずつ、ドレイソを襲った。ダブリーの顔が、明るく笑みを浮かべたのだ。
「やはり!」
そう云って膝を打つ。
「でかしたぞ、ドレイソ。見こみ通りだ。よくガリア遣いを倒せたな」
もう、後には引けぬ。
「やりようにっては。ガリア遣いといっても、ピンからキリですし。ガリアの不思議な力さえ防ぐことができれば、あとはただの武器ですから……」
「ニアムは短剣使いだからな、ストゥーリアで長剣術を修めたお前の敵ではなかったか」
「短剣が長剣に必ずしも負けるわけではありませんが……そもそもニアムは、短剣使いなどというほどのものでもありません。ガリア遣いは、ガリアの不思議な力に慢心して、武器使いとしては素人も同然の輩が多いんです。特にサラティスでは。そういう意味では、ストゥーリアのガリア遣いのほうが強いですよ。実際に武術を習っている者が多いので」
「なるほどなあ」
ダブリーは上機嫌で、酒を用意させた。ドレイソでは香りを嗅いだことすらない、上等の赤ワインだ。
「サラティスの年代物だ。高いぞ」
「いただきます」
銀のゴブレットを軽く打ち合い、二人は祝杯をあげた。
「どうだ、うまいか」
「は、はい……」
緊張と興奮で、味など分からぬ。
ダブリーはそれも見越して、もう一杯、注いでやった。
「よしよし。でかした。でかしたぞ……さ、もっとのめ」
ドレイソは三杯、のんだ。まるで酔わない。
「さて、これからだ」
ダブリーの眼が、再び細く光った。
「はい」
「サラティスから、その討伐官らやが来る前に、片をつけてしまう。おまえの力が必要だぞ、ドレイソ」
「は、はい……具体的には、どのように」
「ま、聴け……」
二人は朝方近くまで、話し合った。
5
ニアムがベルカーナの予知でドレイソを襲うべく先回りし、その後にドレイソが無事戻ってきてから七日ほどが経った。ラカッサはニアムが行方不明であるのに気を揉んでいたが、これはもう、ドレイソに殺されたと判断するしかないと腹をくくった。
「信じられないがね……」
体格が良く、酒好きで男勝りのラカッサ、男漁りのほうも尋常ではなく、村の若い美青年を数人ほど囲っていた。ストゥーリア人で二十四歳のベルケーラは、色気より食い気の女で、だからといって極端な肥満というでもなく、どちらかというと酒浸りだ。
「裏切って、サラティスに行っちまったのかもよ?」
村の備蓄している高級酒を飲み尽くす勢いで、ベルケーラは酒を手放さない。
「まあ……それならそれで、無事でいいんだけどさ」
ラカッサたちは「パウゲンの夜明け」亭の最上等の部屋で、もう一年近くも遊んで暮らしている。
ベルケーラが数か月に一度、竜の出現を予知し、それへ控えているという名目だ。じっさい、三度ほど本当に竜が出て、追っ払った。これは、退治したわけではなく証拠がないが、本当に撃退したのである。
「優しいね、ラカッサ。組合に報告されて、取締官のガリア遣いが来たら、どうするのさ」
「どっちにしろ、あの男が帰って来たんだから、組合には報告されてるだろうよ」
「まあね……」
ここは二人にとっても正念場だった。手をこまねいていては、組合追放ならまだましで、投獄されかねない。
逃げるか。一気に村を支配してしまうか。
「ここまで来て、逃げるには惜しい……気もするけどね」
「そのために、ラッパートを囲ってるんじゃないか。あいつを使おう」
ラッパートとは、今年二十一になるラカッサのお気に入りの青年で、貴族然とした細面でなよなよし、ベルケーラは好かなかった。ラカッサは大柄で豊満な肉体を、見た目が細く遊び人めいてしゃなりしゃなりしているとはいえ、脱げば意外に鍛えてあるラッパートへぶつけるようにしてその若い肌をたのしんでいる。
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