第386話 蝸牛の舌 3-3 不意打ち
「だから、悪い話じゃない……」
そこでニアムは、少し距離を詰めた。
「あんた、村の金儲けの利権を手に入れて、ひとつごっそりと儲けようじゃないか?」
「どういうことだ?」
「あんたを村長にしたっていいんだ」
ドレイソが、短く嘆息した。
「もういい。やめてくれ……。知ってるさ。肉、乳、革の卸総元締の権利をダブリーから奪うというんだろ?」
ニアムは美しい薄碧の目を丸くした。
「さすが……話が早いじゃないか」
「無理だ」
ドレイソが断言する。ニアムは顔を少し、ひきしめた。
「どうして?」
「おれがなぜ村を出たか……わかるか? うちは鍛冶屋で、その卸組合から外れている。世襲じゃないと卸組合には加入できない。鍛冶屋なんかバソじゃ代々貧乏で、これからも絶対に貧乏なのが決まってるからさ。温泉の権利もないしな」
「じゃあ……」
「だから無理だと云ってる。あの村の裏の顔を知らないから、そんなことが」
「ガリア遣い三人が味方についてもかい?」
ドレイソは首を振った。バソ村の裏を支配する連中だ。触れてはいけない闇だった。いかにガリア遣いと云っても、闇に手を出して無事だとは思えない。
「ハ、利口だけど、腰の抜けた男だな」
ニアムが軽蔑の表情と眼差しを向けた。
「トシくってから徒弟なんかやって、これからどうするんだよ」
「うるさいな……」
「あたしたちの腕を、軽く見てるだろ? ベルケーラの予知を遣えば、一人ずつ暗殺だって可能さ」
ニアムの眼が、殺人者のそれとなった。ドレイソは視線を外し、うつむいて沈黙した。
「度胸を見せなよ。男だろう」
「……そんなに凄いのなら、おれが断るか承諾するか、予知しなかったのか」
「そこまではできない。どこに現れるか、という予知だし、あんたは竜じゃないしな」
「そいつはよかった」
ドレイソが再び剣の柄へ手をかけた。素早くニアムが間合いを取る。
「やめなよ、殺すには惜しいよ」
「お前さん方を倒して、ダブリーに気に入られたほうが、まだ安心安全だ」
ニアムが奥歯をかんだ。
「残念だね……ガリア遣いに、ただの衛視が勝てるとでも?」
あの、自分の運命を狂わせたガリア遣いと同じセリフを吐かれ、ドレイソは一気にはらわたが煮えた。
「やりよう……だろ……?」
「そこは、利口じゃないんだね。どうして自分がストゥーリアからおめおめ逃げてくる羽目になったか、思い出しなよ」
「こいつ……!」
ドレイソの肩が震える。
そして剣の柄から手を離した。
ニアムも、少し安堵して、再度説得をしようとした。
その瞬間、ドレイソは、隠し持っていた小石ほどの大きさの、棘のような小さな突起だらけの鉄の塊を至近距離から投げつけた。これは、ダンテン流という投擲武器術の隠し武器だ。アーレグ流に並伝として伝わっている。それがニアムの右手親指の付け根ほどへまともに命中し、肉を削って骨を砕いた。
「アアッ、ツゥ!」
ニアムが苦痛に顔をゆがめ、腰から引いた。これで両手短剣のうち右手を封じた。涙目で左手にガリアを出した瞬間には、既にドレイソが抜剣しており、ニアムの左手の肘上あたりを叩き切っていた。
「アァア!」
骨まで剣先が食いこんで左腕がひしゃげ折れ、血を噴きまきながら半分も千切れてぶらりと垂れる。ニアムはたちまち戦意を喪失した。ガリアというものは、その、ニアムだったら冷凍の力の、各々の特殊な力が恐ろしいのであって、ガリアそのものは人間にとってはただの武器だ。竜の鱗をたやすく裂き、貫いても、普通の楯や鎧には、普通の武器としてしか通用しない。ガリアなので、心が折れない限り破損しないというだけで。
しかし、いまもう心が折れた。
ガリア「
こうなれば、ただの手負いの小柄な女だ。剣術遣いであるドレイソの敵ではない。
「こいつが!」
ドレイソは剣を握ったまま、ニアムの顔面を横殴りにした。
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