第385話 蝸牛の舌 3-2 ニアム
先ほどまで共に歩いていた小規模の隊商もいつの間にか先へ行ってしまい、すれ違う旅人も誰もいなくなった。こういう孤独な状況は、これまでもあった。街道筋では特に珍しいものではない。
そんな真昼の暑い森林の、羽虫が飛び交い、蛇が横切り、蝉と鳥の声以外に何も聞こえない一本道で、ドレイソは信じられない者と遭遇した。まだ竜が出たほうが、現実味があった。
「よお」
草を分けて、とつぜん人間が出てきた。
小柄な女だ。かといって少女ではない。若いが、この世界ではもう大人だった。薄い褐色に目鼻立ちがすっきりと整っており、薄い緑の瞳と漆黒の髪が特徴的な、サラティス人でもストゥーリア人でもない。ラズィンバーグ近郊の少数部族だ。野外用の頑丈な木綿の作業服を着て、竜革のブーツをはいている。旅人がよく使うマントに身をくるんでいる、まるで狩人だった。野外で使う様々な道具を腰へぶら下げている。
それだけだったら、同じく街道を往く旅人仲間だろう。ドレイソとて、ほとんど同じ姿だ。
驚いたのは、顔を知っていたからだ。
すなわち、バソ村へ居座っているガリア遣いの一人、ニアムだ!
ドレイソは反射的に腰の剣へ手をやった。まだ抜かない。抜いたら敵対行為だ。相手にガリアを遣わせる理由を与える。
「話がある。剣から手をどけなよ……」
そういう自分は、いつでもガリアを遣える。そもそもガリアとふつうの武器では、『まともにやったら』勝負にならない。
「どうしてわかったんだ」
ドレイソは剣の柄から右手を離した。
ニアムは答えなかった。
「わかったところで、おれは周囲を慎重に確認しながら歩いてきた。あんたは、間違いなく前にも後ろにもいなかった。おれより先に村を出て先回りしないと、こうはならない」
つまり、先回りしたのだ。
「あんたらの仲間に、竜の出現を予知するだかっていうのがいたな。眉唾と思ってたが、おれの動向も予知するようじゃ、どうも本物のようだな……」
ニアムが、口元をニヤリとゆがめた。楽しそうだ。
「さすがに、ストゥーリアで揉まれただけあるじゃないか。村の連中と比べても、まるで頭の回転がちがう。悪い話じゃないよ」
「何の話だ?」
「ま、近くに寄りなよ……殺しゃしない。今のところはね……」
やはり、先の二人は、こやつらに殺されたようだ。サラティスへ到着する前に!
ドレイソは険しい顔のまま、近づかない。ニアムが街道まで出て肩をすくめた。
「おちつきなよ。あんたのことは、調べてあるんだ」
へらへらと笑って、ニアムは近づきすぎないよう距離を保ち、右手を腰に当て、背が高く年上のドレイソを、まるで手下か何かのように口をきいた。
ドレイソは、女だからというわけではないが、ガリア遣いたちが平然とガリアを遣わない一般の衛兵たちを見下すのが、大嫌いだった。あの、もしガリアを遣えなかったら物乞いにすらなれなかったであろうガリア遣いも、恩着せがましく偉そうに云い寄ってきて、見栄えがどうこうよりも態度が最初から不快だったのだ。
「おれが、どうしたっていうんだ?」
「まあまあ、お互い、余所者じゃないか。あんた、余所者みたいなもんだろう? 村のやつらは、あんたのことを余所者として扱ってる。わかってるだろ?」
それはわかっていた。確かにその通りだ。
「だから、それがどうしたっていうんだ?」
「あたしらの仲間になりなよ」
「ええ?」
ドレイソの眉根がひそまった。ニアムが、まあまあ、と手を上げる。
「……いや、いっしょに遊んで暮らそうってんじゃないんだ。つるんでる若いのは、しょせんはガキで、単なる暇つぶしのあいてさ。ラカッサは、若いのが好きだから、たまには抱いてるようだけど、あたしは興味ない」
「何の話だ? おれがサラティスに行くと困るという話じゃないのか?」
「そりゃ困るさ。組合から帰還の指示が出たら」
なるほど。ということは、ニセ組合員というわけではなさそうだ。
「本当の組合員と分かって、安心したかい?」
ニアムがにやっと笑う。ドレイソは、少し興味が出た。
「なるほど、おまえさんも、頭が切れるほうじゃないか? 何を企んで、バソにいつまでもいるんだ?」
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