第384話 蝸牛の舌 3-1 いざサラティスへ
なるほど、とドレイソは思った。連中がどんな報告をして一年近くもバソに居座っているのかは知らないが、組合より派遣されてきている以上、組合に不当を訴えるのは妥当だ。
「本当に組合から来てるのなら、ね」
「それもある。とんだモグリが組合を
「なんで、もっと早くそうしなかったんです?」
今度はダブリーが、言葉に窮してもごもごと口を動かした。
ドレイソは察した。
「もう、何回も人をやってる?」
「二人……戻ってきてない」
「誰ですか」
「ハニートと、ツェーデだ」
ハニートは面識があった。村営の加工肉卸問屋で働いている若者だ。仕事でサラティスに何度も行っていて、都会の情報に明るい。ツェーデは、あまり口をきいたことはなかったが、顔は知っていた。歳は近かったように記憶している。どこぞの温泉宿で、配管掃除や力仕事などの下働きをしていたはずだった。云われてみれば、ここのところ二人とも見ていない。
「サラティスから戻ってない……」
「無事にサラティスに着いたかどうかもわからないんだ」
「どういうわけで?」
「さあ、な」
「連中が何かを?」
「それもわからん」
ドレイソはしかし、久々に気分が昂揚するのを認識した。血が沸き立つ、というか。
「やりましょう。サラティスのどこに云って、何を訴えれば?」
「そう云ってくれると思った!」
ダブリーは膝を打ち、笑顔となって、さっそく打ち合わせを始めた。
その日の夕刻まで、打ち合わせは続いたのだった。
3
翌日の夕刻には、肉屋の親方にも話がつき、些少の選別をもらって、ドレイソはこっそりとバソを出た。とうぜん、ラカッサたちに気取られぬよう、最新の注意を払った。連中、村で最も高級な温泉旅館「パウゲンの夜明け」停に住みこんで、好き放題に贅沢三昧している。よく飽きもしないと感心するほどだった。浮世の楽しみの味わい納めのような、ある種の切なさすら感じるほどだった。最初の竜を見事退治してのち、竜の出現を予知するガリア「
とはいえ、いくら三人の滞在費がかさむといっても、村の金品を要求するとか、女だから当然かもしれないが女を要求するとか、そういうのは無い。村の若いのが何人か、自堕落な取り巻きになっているきらいはあったが、それとて、一部の数人だ。村人へ乱暴するでもないし、盗みを働くでもない。竜の見回りはそれなりに怠らず行っているし、なんとも微妙な状況が続いている。
実力で排除するまでの理由もなく、組合へ苦情を申し立てるのが精いっぱいだというのも分かる話だった。
(それにしたって、サラティスで二人も行方不明とはな……)
そこが、ひっかかるところだった。
どっちにしろ、ドレイソは久しぶりに、やる気に満ちていた。
帝国時代から続く正街道を特段急ぎ足でも無く普通に歩いて、バソからサラティスまで五日。かつでは街道沿いに茶屋や飯屋が並んだ時代もあったが、いまは閑散として、定間隔に設置された旅人が自由に使える古井戸だけが往時を偲ばせている。
バソとサラティスを行き来する人間は、意外に多い。竜が出現するとしても、それ以上に、街道を通る者の流通は遮られない。特にバソ村は要所で、そのまま北上しパウゲン連山を越えてストゥーリアへ向かうルートと、西へ行き港町リーディアリードから船で北上する西街道と、東へ行き都市国家ラズィンバーグへ向かう山岳街道との分かれ目でもある。
隊商や個人商にまぎれ、ドレイソは順調に街道を南下した。南下するにつれ気温が高く、空気が乾燥する。宿屋が無いので、途中は野宿だった。携帯糧食をかじり、水は豊富な古代帝国時代より使用されている公共井戸で補給した。
三日目の、ちょうど中間地点だった。
街道は森林地帯を通り、木々の緑と木漏れ日が美しい。往時は熊、大型の山猫、狼など野生動物の襲撃に注意しなくてはならない場所だったが、いまはむしろ竜があまり入ってこないので、隠れ場所のような、避難地帯になっている。軽騎竜はよく空を飛び、地面を歩くのを嫌うため、木々の密集した森林へあまり立ち入らない。陸上型の猪竜が隠れている可能性や実例もあるが、数は少なかった。
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