第383話 蝸牛の舌 2-2 ダブリーとの密談

 「おまえ、どうして衛兵をやめたんだ。グラントローメラなら、給料はよかったろ?」

 「そんなこと聞いて、どうするんですか」

 「仕事に役立つかもしれない」

 「意味が分かりません」

 「かたくな、だな……」


 ダブリーが秘書に云い、ハーブティーを用意させた。家でもよく飲んでいた、懐かしい、良い香りのお茶をのむと、些少は心が落ち着く。


 「ドレイソ、みんな心配してる。心配してるし、怪しがってる。突然帰ってきて、何も云わないのだからな。人でも殺して、逃げてきたんじゃないかって」


 「そんな、まさか……!」

 「だから、説明してくれないと」

 ドレイソは何度も息をついて、やがて語りだした。


 「衛兵たって、ガリア遣いじゃないただの兵隊は、給料は安いし、使い捨てだ……。そりゃ、この村で徒弟するよりゃましですよ。そこらの親方の稼ぎより上かもしれない。俺の歳で、流行り旅館の支配人くらいは稼げましたよ。それでも、ストゥーリアは家賃や物価も高いし……そんなことはどうでもいいんです。とあるガリア遣いに、しつこく云い寄られましてね……」


 「女か」

 「もちろん」

 「痴情のもつれか?」

 「そんな、大層なもんじゃない……」

 ドレイソは若い脂に光った顔を両手で多い、何度もこすった。


 「こんなおれの、何が良かったものやら。……見栄えが良くなくたって、相手が竜狩りで稼いでるのなら、こっちが玉の輿でしたでしょうがね……。痩せて山羊みたいな顔の、竜も狩れないチンケなガリアを遣う年増でね……隊商護衛がせいぜいの、ガリア遣いというにもはばかられる……」


 「それで、どうした」

 「おれにだって、選ぶ権利はあるでしょう」

 苦く笑って、ドレイソはハーブティーを飲みほした。

 「断ったのか」

 「ふつうの嫁でじゅうぶんですよ。ストゥーリアの、どこかの工場で働く家の娘で……」

 「もっともだ」

 ダブリーも苦笑しながらうなずく。

 「嫌がらせでもされたか」


 「嫌がらせ……そうですね、自分でもよくわからない罪をなすりつけられ……とりあえずグラントローメラからは解雇されました。ガイアゲンとか、ほかの商会や都市政府の衛視に鞍替えしようかとも思ったんですが、命の危険もあり……」


 「どういうことだ」

 「ストゥーリアから出ていけ、と……」

 「脅されたのか」


 「俺にもよくわからないんですが、連中、ガリア遣い同士で、横のつながりがあるみたいで。その……」


 ドレイソの口が、ぴたりと閉じた。唇が再び、石のように重くなる。すべてを知っているダブリーが代わりに云った。


 「メスト……だろ? 暗殺者の組織があるっていう……」

 ドレイソは頷きもせず、涙目でダブリーを見つめるだけだった。


 「なあに、そいつがどれだけお前に入れこんでたかしらないが、お前を暗殺するのに大金をつむほど酔狂とも思えない。おまえがさんざんもてあそんで捨てた、というのらまだしも」


 「まさか」


 「分かってる。だから、単なる脅しだとは思うが……それにしたって……まあ……な……」


 二人は、しばし無言となった。

 やがてダブリーがまた話をきりだした。

 「そういうわけだったら、村にずっとガリア遣いがのさばってるのは、面白くないだろう」

 「そりゃあ……」

 「だったら、ひとつやってみないか。お前の腕っぷしがほしいんだよ」

 ダブリーが身を乗り出したが、ドレイソは引いた。


 「竜にも勝てませんけど、ガリア遣いにも勝てませんよ。ふつうの鋼の剣じゃ。まして、こっちは一人ですし」


 「そうとも限らんだろう。それに、戦えなんて云ってない……サラティスに行ってくれ」

 「なんのために?」

 「サラティスの竜退治組合に、苦情を申し立てるんだ」

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